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元マフィア、異世界で屋台を始める ~俺の料理だけ、なぜか食べた相手にバフがかかる~  作者: 星海凡夫


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第11話「預言者の見た未来と戦争の味」


食神トシが屋台の隅っこに住み着いてから、一週間が経った。


正確には、住み着いているのは“気配”だけで、他の客には見えない。トシはいつもカウンターの一番端に座り、俺が忙しくしている隙に、まかないを勝手に食っている。今朝も、作り置きの焼きおにぎりが一つ、気づいたら消えていた。神様、食い逃げはやめてくれ。


「いいじゃねえか、ちょっとくらい」

「声だけ聞こえるの、不気味なんだよ。他の客が変な顔する」

「お前以外には聞こえねえから安心しろ」


そんな調子で、屋台の日常は少しだけ奇妙に、しかし平和に続いていた。


グレゴールは皿洗いから進んで、仕込み全般を任せられるようになった。彼の出汁巻き卵は俺より美しい。リリアは相変わらず毎朝焼きおにぎりを食い、クロは母親シロガネとの交換便で月に一度カルパスを届ける役目を覚え、ランドルはたまに顔を出しては「平和で何よりだ」と茶を飲んで帰る。


そして、客足は増える一方だった。


理由のひとつは、聖餐庁を料理で黙らせたという噂。もうひとつは、もっと奇妙な噂だった。


「カズマの飯を食うと、運命が変わる」


誰が言い出したのか知らない。だが、その噂を聞きつけて、遠くの街からも客が来るようになっていた。人生に迷った商人、結婚を決めかねている若者、引退を考えている老兵——みんな、何かにすがるように俺の焼き鳥をかじり、味噌汁をすすり、時には涙を流す。俺の飯は占いではない。だが、腹が満たされた人間は、自分の道を自分で決められるようになる。それだけの話だった。


その日、彼女が現れたのも、そういうことだったのかもしれない。


昼下がり、ちょうど客足が途切れた時間帯。俺は仕込みの合間に、新作の「鶏そぼろ丼」を試作していた。鶏ひき肉を甘辛く炒め、錦糸卵と絹さやの刻みを彩りに乗せる。試食したリリアが無言で茶碗を差し出したので、合格だったらしい。


その時、広場の入口がざわりと騒がしくなった。


「預言者だ」

「預言者様だ。なんでこんな場所に」

「誰か運命を見てもらうのか」


人混みをかきわけて現れたのは、ひとりの少女だった。


年の頃は十五か十六。白いマントを頭からまとい、手には節くれだった杖。そして、その瞳は——開いているのに、何も映していなかった。盲目なのだ。光を感じていないのに、彼女の足取りは迷いがない。まるで、目に見えない何かに導かれているようだった。


「ここです」


少女は俺の屋台の前で立ち止まり、杖をそっと脇に置いた。その声は鈴のように澄んでいる。


「カズマ様。お会いできて光栄です」

「……預言者、って、お前か」

「はい。私はシオン。辺境の神殿で、未来視の力を授かりました。あなたの噂を聞き、どうしても自分の舌で確かめたくて」


周囲の野次馬がざわつく。預言者というからには、それなりの有名人なのだろう。俺はリリアと目を合わせ、肩をすくめた。


「で、何を食いたい」

「私が食いたいもの——ではなく、私に食わせるべきものを、あなたが決めてください」

「なぜ」

「私の目には、すでに“この屋台で私が何かを食べる光景”が映っています。でも、それが何の料理かまでは、見えないのです」


予知能力か。面倒な客だ。だが——こういう時は、直感に任せるに限る。


俺は黙って、土鍋に火をかけた。米を炊く。新潟産コシヒカリ。水はいつもの清流のもの。そして、具は——鶏そぼろ。先ほど試作したばかりの、まだ値段も決めていない新作だ。錦糸卵と絹さやを彩りに、丼に美しく盛りつける。


「そぼろ丼だ。うちの新作だ。食え」

「……そぼろ、丼」


シオンは箸を手に取り、ゆっくりと一口、口に運んだ。


とたんに——彼女の見えないはずの目が、大きく見開かれた。


「……あ、温かい」

「そりゃ出来たてだ」

「違います。温かいだけじゃない。色が見える。黄金色と、緑色と、茶色。ああ——これは、命の色」


涙が、彼女の白い頬を伝った。


「私、十年ぶりに“色”を感じました。目が見えなくなってから、ずっと闇だけだったのに」

「預言者の力と引き換えにか」

「……はい。私は視力を代償に、未来視を授かりました。自分の選択でした。後悔はしていません。でも——」


彼女はもう一口、そぼろを口に運ぶ。噛みしめるように、味わうように。


「でも、食事の色だけは、ずっと覚えていたかった。母が作ってくれた、そぼろ丼の色を。あなたは——なぜ、私の一番懐かしい料理を知っているのですか」

「知らん。ただ、迷ってる客には、子供の頃に食ったことのある味を出す。俺の勘だ」


シオンは箸を置き、涙をぬぐった。それから、顔を上げる。見えない目が、真っ直ぐに俺を見つめている——いや、俺の“未来”を見つめている。


「カズマ様。お礼に、一つだけ預言を」

「勘弁してくれ。俺は未来を知りたくない」

「それでも、伝えなければ。あなたの料理は、遠くない未来に——戦争の道具になります」


広場の空気が、きしんだ。リリアが息を呑み、クロが低く唸る。トシの気配が、かすかに動いた。


「戦争の道具」

「はい。北の帝国が、あなたの料理の“バフ効果”に目をつけました。帝国軍はすでに国境に集結し、開戦の機をうかがっています。そして——帝国の狙いは、領土ではなく、あなた自身です」

「なぜ俺を」

「帝国軍務庁は、あなたを捕らえ、料理を強制的に作らせて、兵士を強化する計画を立てています。“味の軍隊”を、本気で作ろうとしているのです」


俺は黙って、炭火を見つめた。トシが現れ、聖餐庁が手を引き、預言者が警告する。全部、同じ方向を向いている。


「その預言、変えられるのか」

「未来は——確定ではありません。でも、流れはもう動き始めています。帝国の先遣隊が、この街に潜入している。彼らは近いうちに、あなたと接触するでしょう」

「どんな連中だ」

「……わかりません。ただ、一人、とても強い“飢え”を持った男がいる。彼の飢えは、あなたの料理に匹敵する何かを秘めています」


シオンは立ち上がり、杖を手に取った。

「カズマ様。私はこれから神殿に戻り、この件を報告します。ですが——」

「なんだ」

「私は、あなたのそぼろ丼を生涯忘れません。どうか——どうか、あなたの料理を、誰かのために作り続けてください。戦争の道具ではなく、誰かのための料理を」


「言われなくても、そのつもりだ」


シオンは深く一礼し、人混みの中に消えていった。


夜。屋台を閉めた後、いつもの顔ぶれがカウンターに集まった。リリア、グレゴール、クロ——そして、姿を現したトシ。


「北の帝国、か」

トシが珍しく難しい顔で言った。

「人間ってのは、どうしてこう、うまい飯を戦争に使いたがるかなあ」

「お前も神なら、なんとかできないのか」

「俺は食神だ。戦争には介入できない。神々の盟約ってのがあってな。まあ、だけど——味方につくことはできるぞ」

「味方」

「俺はここの客だからな。客は店を守る権利がある」


グレゴールが静かに口を開いた。

「帝国軍務庁のことは、聖餐卿だった頃に聞いたことがある。彼らは“食の軍事利用”を研究している。味覚を操作する魔術、飢餓を利用した洗脳。もしカズマのスキルが彼らの手に渡れば——」

「この国どころか、大陸全体が戦場になる、か」


リリアが立ち上がった。

「カズマ。あんた、どうする」

「決まってる」

俺は炭火を見つめて言った。

「明日も屋台を開ける。戦争が来ようが、帝国が来ようが、腹を空かせてる奴には飯を食わせる」

「それで勝てるのか」

「勝ち負けじゃない。俺の屋台のルールだ」


トシが、にっと笑った。

「いいねえ。じゃあさ、次の新作は何だ」

「……まだ決めてない」

「じゃあ、これ使えよ」


トシがひさごから取り出したのは——見たこともない穀物だった。一粒一粒が真珠のように輝き、ほのかに甘い香りがする。


「神穀マナムギ。これを炊くと、食った者の潜在能力を引き出す効果がある。お前にしか使えない食材だ」

「なぜこれを」

「戦争が来るなら——お前の飯は、もっと強くなるべきだ。ただし」


トシは目を細めた。

「これは、食う者を選ぶ。心に“飢え”を持たない者には、ただの麦飯だ」


俺はその穀物を受け取った。手のひらで、ほのかに脈打っている。まるで生きているようだ。


窓の外、夜の向こうに、北の国境がある。


その闇の中で、飢えた男が俺を待っている——預言者の言葉を、俺は信じる。


(第11話 終)


▼ 次回予告(第12話用の引き)


帝国の先遣隊——黒い鎧の騎士が、夜の屋台に現れた。

「俺は帝国軍務庁特務官、ギリアム。預言者が言っていた“飢えた男”だ」

その手には、ボロボロの弁当箱が握られていた。

「カズマ——俺の空腹を、満たせるか」

(次話:「飢えた騎士と神穀の麦飯」)



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