第86話「大会の便り」
西方の古都から最初の便りが届いたのは、弟子たちが旅立ってから十日目の朝だった。
広場に届いた封書を受け取ったヴィオラが、息を切らせて屋台に駆けつける。手にはグレゴールの几帳面な筆跡で宛名が書かれた封筒が握られていた。
「カズマ、便りだ!西方から!」
「読め」
俺は焼きおにぎりを網に並べながら言った。
「ここで読むのか」
「弟子たちの結果だ。みんなで聞くべきだ」
広場にいた常連客たちがざわりと集まり、将軍が粥の鍋から顔を上げ、ヴァルケンと戦士たちが手を止める。リリアは茶碗を置き、ゴルドアとマクシミリアンは無言で屋台の前に立った。
ヴィオラが封を切り、便箋を広げる。几帳面な文字が並んでいた。
「カズマ殿、皆々様へ。西方古都は穏やかな秋の陽気に包まれております。先日、大陸料理大会の初戦が終了いたしました。結果を簡潔に申し上げます」
ヴィオラは一瞬息を呑み、読み進めた。
「シノ——初戦突破。卵かけご飯に東方アオサの粉末を混ぜ込んだ『潮風の卵かけご飯』が高評価を得ました。審査員からは『これまでにない卵かけご飯の新境地』との評です」
広場にどっと歓声が湧く。常連客たちが顔を見合わせ、将軍が静かにうなずいた。あのシノが、自分の味で認められたのだ。
「アリシア——初戦突破。解毒スープを応用した『目覚めの養生スープ』が、審査員の舌を驚かせました。柑橘の香りと薬草の清涼感が絶妙とされ、ある審査員は『味覚が呼び覚まされるようだ』と涙を流したとのことです」
リリアが少しだけ笑みを浮かべる。アリシアが自分の毒の過去を、誰かの味覚を呼び覚ます力に変えたことが、何より嬉しかった。
「リク——初戦突破。母の鉄鍋で作った『東方潮騒の味噌汁』が、未知の味として注目を集めました。アオサと干し魚の風味が大陸の審査員には新鮮で、『海のすべてを椀に閉じ込めたようだ』と絶賛されております」
「三人とも——」
ヴィオラが声を震わせる。
「初戦突破だ。それも全員、高い評価で」
「当然だ」
俺は焼きおにぎりを網から上げながら言った。
「あいつらは、自分の足で立っていた。その結果だ」
グレゴールの手紙には続きがあった。
「弟子三人はそれぞれの部門で勝ち進んでおります。互いに刺激を受け、日々成長していく姿は、屋台で過ごした日々を思い起こさせます。次戦は明後日。結果がまとまり次第、またお知らせいたします。エレナも私も無事でおりますゆえ、ご心配なく。——グレゴール」
広場には安堵と歓喜の空気が満ちた。常連客たちが互いに肩を叩き合い、将軍がそっと粥の鍋をかき混ぜながら微笑み、ヴァルケンが深くうなずく。
「シノもアリシアもリクも、ちゃんとやってるな」
リリアが茶をすすりながら言った。
「ああ。当たり前だ。弟子たちはもう——弟子じゃない。一人前の料理人だ」
「でも、あんたにとってはいつまでも弟子だろ」
「……まあな」
その日の夕方、屋台の看板の隅に、新しい一枚の紙が貼られた。
『弟子たち、大陸料理大会初戦突破。シノ・潮風の卵かけご飯、アリシア・目覚めの養生スープ、リク・東方潮騒の味噌汁。——師匠より』
常連客たちがその紙を読み、歓声を上げ、焼きおにぎりを追加で注文していく。将軍が粥の大盛りを出し、ヴァルケンたちが味噌汁を振る舞い、ちょっとした祝勝会のようになった。
「次戦は明後日か」
リリアが言う。
「ああ。信じて待つだけだ」
「心配じゃないのか」
「心配はしてない。あいつらは——俺の弟子だからな」
夕暮れの空を西へ向かう鳥が一羽、静かに飛んでいく。遠く西方の古都で、弟子たちが自分の味を信じて戦っている。それだけで十分だった。
(第86話 終)
▼ 次回予告(第87話用の引き)
初戦を突破した弟子たちの噂は王都にも広がり、屋台には「弟子に会いたい」「同じ料理を食べたい」という新たな客が詰めかける。しかしそこへ——西方から不穏な知らせが届く。「大会会場に、何者かが現れた——味を歪める“残香”の使い手だ」
(次話:「残香の使い手」)




