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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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85/120

第85話「食神たちの帰還」


弟子たちが西方へ旅立ってから数日、屋台は少しだけ静かになっていた。シノの卵かけご飯を目当てにしていた常連客は「弟子の卵かけご飯はまだか」とぼやき、アリシアの解毒スープを楽しみにしていた主婦たちは「養生スープが飲みたい」と寂しがり、リクの東方風味噌汁を気に入っていた冒険者たちは「あの潮の香りがするやつは」と首をかしげる。それでも将軍の粥とグレゴールの出汁巻き卵、ヴァルケンたちの味噌汁と焼きおにぎりは変わらず人気で、屋台は普段通りに賑わっていた。


「静かになったな」

リリアが茶をすすりながら言う。

「ああ。でも、これが普段の屋台だ。弟子たちが来る前は、もっと静かだった」

「そうだったか」

「そうだ。お前とグレゴールと、あとはクロだけの頃もあった」

「……ずいぶん昔みたいだな」

「まだ一年も経ってない」


その時だった。広場の空気がかすかに揺れ、見覚えのある気配が二つ、同時に現れた。カウンターの隅に、着物姿の男と、杖をついた痩身の神が立っている。


「やあ、カズマ。久しぶり」

トシが扇子を広げて笑った。新しい扇子には、砂漠のオアシスと、そのほとりに立つ一本の果樹が描かれている。

「兄貴と旅をしてたんだけど——ちょっと立ち寄った」

「勝手に立ち寄れ」

「相変わらず素っ気ないなあ」


グーラが静かに一礼する。

「カズマ、久しぶりだ。元気そうで何より」

「あんたたちもな。旅はどうだった」

「面白かったぞ」

トシがカウンターに座り、焼きおにぎりを一つ注文する。

「まず南の島々を巡った。海の祠が癒えたおかげで、魚の味がすごく豊かになっててな。島の連中は潮の香りだけで飯が三杯食えるって喜んでた」

「それはよかった」

「それから東の山岳地帯。山菜の苦味がちょうどいい塩梅に戻ってて、村の薬草師が涙を流して感謝してた。お前が祠を癒したおかげだ」

「俺だけじゃない。みんなの力だ」


グーラが静かに続ける。

「我々はさらに遠く——西の砂漠の果てまで行った。そこにはまだ味を知らぬ小さな村があり、我々はそこで料理の喜びを伝えてきた」

「砂漠の果てか」

「ああ。そこで出会った料理人志望の若者に、お前の話をした。屋台シェフが世界の味を取り戻したと——彼は涙を流して聞いていた。いずれ、ここに来るかもしれん」

「弟子志望か」

リリアが呆れた顔で言った。

「まだ増えるのか」

「増えるさ。味を求める者は尽きない」


トシが焼きおにぎりをかじりながら言った。

「ところで、弟子たちはどうした。見当たらないけど」

「西方の古都で開かれる大陸料理大会に行った。弟子部門があるらしい」

「へえ!あの三人が自分たちだけで大会に出るのか。そりゃ見ものだな」

「ああ。自分の足で立つ時だ」

「いいねえ。で、見に行かないのか」

「行かない。屋台がある。それに——弟子の晴れ舞台を師匠が見に行くのは野暮だ」

「そうかあ。でも、結果が楽しみだな。あの三人、どこまで行けるかな」


グーラが静かに微笑む。

「シノの卵かけご飯は、シンプルゆえに奥が深い。アリシアの解毒スープは、味覚を呼び覚ます力がある。リクの東方の味は、誰も知らぬ新しい風。どれも十分に戦えるはずだ」

「ああ。あとは——自信を持てるかどうかだ」


二人の食神はそれからしばらく屋台で寛ぎ、将軍の粥を味わい、グレゴールの出汁巻き卵を絶賛し、ヴァルケンたちの味噌汁に舌鼓を打った。トシは新しい扇子に屋台の絵を描き加え、グーラは無言でエレナの漬物の甕を検分している。


「で、いつまでいるんだ」

「さあな。またしばらくしたら旅に出るよ。まだまだ味を知らない土地がある」

「そうか」

「でも——立ち寄るよ。ここは俺たちの居場所でもあるからな」

「客だからな」

「そういうことだ」


夕暮れ、トシとグーラが気配を消して去っていくのを見送りながら、リリアが言った。

「神様たちも、結局ここに戻ってくるんだな」

「ここには飯があるからな」

「それだけか」

「それだけで十分だ」


屋台の灯りがともり、今日も一日が終わる。弟子たちは遠く西方で戦い、食神たちはまた次の旅へ向かう。しかし屋台は変わらない。腹を空かせた誰かが来る限り、この灯りは消えない。


(第85話 終)


▼ 次回予告(第86話用の引き)


西方の古都から、最初の便りが届いた。差出人はグレゴール。封書には、弟子たちの初戦の結果が簡潔に記されていた。しかし——その内容は、屋台に衝撃と喜びをもたらす。

(次話:「大会の便り」)

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