表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/120

第84話「弟子たちの旅立ち」


大陸料理大会への出発の朝、東の空がまだ白み始める前に、三人の弟子たちは屋台の前に立っていた。


シノは母の形見の包丁を腰に差し、アリシアは解毒スープの小鍋を胸に抱え、リクは東方の鉄鍋を背負っている。それぞれが自分の味を携えて、これから西方の古都へ旅立とうとしていた。


「準備はできたか」

俺は炭火を起こしながら尋ねた。

「はい、師匠」

シノが包丁の柄に手を触れて言う。

「卵かけご飯——俺の味を、大陸の人たちに食べてもらいます」

「私もです」

アリシアが静かに微笑む。

「解毒スープの応用で、どこまで通用するか挑戦してきます」

「俺も——母さんの鍋で、東方の味を広げてきます」

リクが鉄鍋を握りしめた。


三人の目は、弟子入りした当初の不安げな輝きとはまるで違う。自分の味を持ち、それを誰かに届けたい——そう願う料理人の目だった。


「よし——出発前に、最後のまかないだ」

俺は簡易竈ではなく、屋台のいつもの厨房に立った。握るのは焼きおにぎり。弟子たちが初めてこの屋台で食べた、あの味だ。

「お前たちが初めてここに来た時、最初に食わせたのは焼きおにぎりだった。今日も同じだ。食え」


三人は無言で焼きおにぎりを受け取り、一口ずつかじる。醤油の焦げた香ばしさ、米の甘み——いつもと変わらぬ味。しかし今日は、それぞれの胸に沁み入るものが違うはずだ。


「うまいです、師匠」

シノが涙をぬぐった。

「俺、この味を——ずっと忘れません」

「私もです」

アリシアがうなずく。

「この味があったから、私は几帳の向こうから出られました」

「俺も——母さんの味と、師匠の味、両方を胸に頑張ります」

リクが鍋を抱きしめた。


東の空が黄金に輝く頃、一行は王都の西門に集まった。


弟子三人に加え、引率役としてグレゴールとエレナが同行する。護衛にはゴルドアとマクシミリアンがつき、旅の案内はエルムが務めた。ギリアムは王都の警備に残り、将軍は屋台の留守を預かる。ヴァルケンと戦士たちは、今日も普段通りに味噌汁の鍋をかき混ぜていた。


見送りにはヴィオラやランドル、常連客たちも集まっている。


「シノ、アリシア、リク——行ってらっしゃい」

ヴィオラが三人に小さな包みを手渡す。

「食糧庁の通行証と、緊急用の保存食。何かあったら使いなさい」

「ありがとうございます」


将軍が無言で三人に歩み寄り、それぞれに小さな包みを渡した。

「私の粥の素だ。旅の間、作りたくなったら使え」

「将軍さん——ありがとうございます!」


リリアは弓を肩にかけ直し、三人の前に立った。

「あんたたち、最初は何もできなかったのにな」

「リリアさん——」

「でも、今は違う。自分の足で立てる。胸を張って行け。負けて泣いても、帰ってくればいい」

「はい!」


アリシアが一歩前に出て、リリアと静かに見つめ合った。言葉はなかった。しかし、二人の間に流れる空気がかすかに揺れたのを、俺は感じ取っていた。


「よし——行け。お前たちの味を、大陸に届けてこい」

俺が声をかけると、三人は深々と頭を下げた。

「はい、師匠!」

「師匠——行ってきます」

「師匠、必ず戻ってきます!」


三人は背筋を伸ばし、西方への街道を歩き始める。グレゴールとエレナが静かに続き、ゴルドアとマクシミリアンが左右を固め、エルムが杖で前方を示していた。


「行ったな」

リリアが呟く。

「ああ」

「寂しいか」

「寂しくない。弟子は出て行くものだ。でも——」

「でも」

「帰ってくる場所がある。それがここだ」


リリアは少しだけ笑い、弓を揺らしながら屋台へと戻っていく。


俺はしばらく西の空を見つめてから、炭火をかき立てた。弟子たちが留守の間も、屋台は開き続ける。腹を空かせた客は今日も来る。ならば——俺はいつも通り、焼きおにぎりを握るだけだ。


遠くの空で、鳥が西へ向かって飛んでいく。弟子たちの旅立ちを、祝福するかのように。


(第84話 終)


▼ 次回予告(第85話用の引き)


弟子たちが去った屋台は、少しだけ静かになった。しかしそこへ——珍しい客が二人、ふらりと訪れる。

「やあ、カズマ。久しぶり」

「兄貴と旅をしてたんだけど——ちょっと立ち寄った」

扇子と杖を手にした食神たちが、土産話を抱えて戻ってきた。

(次話:「食神たちの帰還」)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ