第82話「大陸料理大会の知らせ」
弟子たちがそれぞれの夢を語り始めた矢先、屋台に一通の封書が届けられた。差出人は西方諸国連合の調理院。封蝋には交差したフォークとナイフの下に三つの星が輝く、西方の新しい紋章が押されている。
「大陸統一料理大会?」
リリアが茶碗を置いて眉をひそめる。
「ああ。聞いたことがある。十年に一度、大陸中の料理人が集まって腕を競う大祭だ」
グレゴールが鍋をかき混ぜながら答えた。
「前回は王国で“味の復活祭”がその役割を兼ねたが、本来は西方の調理院が主催する格式高い大会だ。優勝者には“大陸一の料理人”の称号と、調理院への出仕権が与えられる」
ヴィオラが息を切らせて広場に駆けつけてきたのは、ちょうどその話題が出た時だった。
「カズマ、話は聞いたか」
「今な」
「正式な依頼だ。西方諸国連合の調理院から、あんたに審査員を頼みたいと」
「審査員」
「ああ。九つの祠を癒し、飴の王を鎮めた“屋台シェフ”の舌は、もはや大陸の至宝だ。調理院としても、あんたに審査を任せられれば大会の格式が段違いになる」
「俺は料理を作る側だ。審査は専門じゃない」
「だろうと思った。でも——」
ヴィオラは封書からもう一枚の紙を取り出した。
「調理院はもう一つ提案がある。あんたが審査員を引き受けないなら——せめて、あんたの弟子たちを選手として出場させてほしい」
「弟子たちを」
シノ、アリシア、リクの三人が同時に顔を上げた。包丁を握る手が止まり、互いの顔を見合わせている。
「弟子たちはまだ修業の途中だ」
「修業の途中だからこそ、らしい。若手の登竜門として、今回から“弟子部門”が新設された。師匠の名を背負った弟子同士が競い合う——それもまた、味を広げることに繋がる」
「カズマさん」
シノが一歩前に出た。その手は包丁を握りしめ、かすかに震えている。
「俺——出たいです。卵かけご飯だけで勝負できるか、試してみたい」
「私も」
アリシアが静かに続いた。
「解毒スープの応用で、どこまで通用するか挑戦したいです」
「俺もっ」
リクが鍋を胸に抱えて叫ぶ。
「母さんの味を、大陸の人たちに知ってもらいたい!」
三人の目は、かつて弟子入りした当初とはまるで違う輝きを放っていた。自分の味を持ち、それを誰かに届けたい——そう願う料理人の目だった。
「わかった。ただし——」
「ただし」
「俺は行かない。お前たちだけで行け。それが“弟子部門”の意味だ」
「はい!」「承知しました!」「はいっ!」
リリアが呆れた顔で茶をすする。
「あんた、弟子たちだけ送り出すのか」
「ああ。自分の足で立つ時だ。それに——」
「それに」
「屋台は閉められない。腹を空かせた客が待ってる」
「……あんたらしいな」
ヴィオラが笑いながら封書をしまった。
「決まりだな。大会は二週間後、西方の古都で開かれる。旅の支度はこちらで手配する」
「頼む」
「それと——カズマ。あんたが審査員を断った件、調理院にどう伝えるか考えないと」
「屋台シェフは審査より料理を作るほうが向いてる、とでも言っておけ」
「はあ……まあいいか」
グレゴールとエレナは早速、大会に向けた特訓メニューの相談を始めている。将軍は自分の経験を弟子たちに語りながら、精神面での助言をするつもりらしい。ゴルドアとマクシミリアンは大会会場までの護衛を申し出た。
「三人とも、今夜は早く休め」
俺は弟子たちに言った。
「明日から特訓だ。本番まで時間は少ない」
「はい、師匠!」
カウンターの隅には、トシとグーラが残していった小さな扇子が置かれたままだった。二人の食神は、今ごろどこかの地で新しい味と出会っているだろう。弟子たちもまた、自分たちの旅を始めようとしている。
(第82話 終)
▼ 次回予告(第83話用の引き)
弟子たちの特訓が始まった矢先、王宮からアリシアに呼び出しがかかる。
「王女様。王位継承の最終決断を——」
料理人として生きる道と、王女として国を継ぐ道。アリシアはその狭間で、一つの決断を下そうとしていた。
(次話:「アリシアの決断」)




