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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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72/120

第72話「東の漁村」


リクが弟子入りして三日、屋台は新しい風に包まれていた。


東方の乾物や海藻、見慣れぬ香辛料を使った料理が少しずつメニューに加わり始め、常連客たちは物珍しさに喜んで舌鼓を打っている。リク自身はまだ包丁を持つ手が震え、野菜の刻みも不揃いだが、それでも彼の持ってきた食材は確かな可能性を秘めていた。


「この海藻、味噌汁に入れると潮の香りが立つな」

グレゴールが鍋をかき混ぜながら言う。

「はい、村では“アオサ”って呼んでます。干して保存して、冬の間の貴重な味の素でした」

「面白い。干し方によって香りが変わる。もっと研究したい」


エレナも無言で海藻をより分け、毒見役時代の知識で安全性を確認している。東方の食材は、この屋台にとって新しい宝の山だった。


「カズマさん!この乾物の魚、焼いたらすごく香ばしいです!」

シノが鉄網の上で小さな干し魚を炙りながら叫ぶ。

「ああ。頭と骨を取って、ほぐして飯に混ぜ込め。東方のふりかけだ」

「はい!」


アリシアはリクから教わった東方の香草を、自分の解毒スープに応用しようと試行錯誤している。弟子三人がそれぞれの持ち場で切磋琢磨する光景は、屋台に新しい活気をもたらしていた。


「いい感じだな」

リリアが茶をすすりながら言う。

「ああ。弟子同士で教え合うのはいい。俺一人では教えきれないことを、互いに補い合っている」

「あんた、だんだん師匠らしくなってきたな」

「まだまだだ」


その時、広場の入口から慌ただしい足音が近づいてきた。見ると、ランドルが汗を拭いながら走ってくる。その後ろには、見慣れぬ東方の旅装束を着た男が一人、青ざめた顔で従っていた。


「カズマ殿!急ぎの報せだ!」

ランドルが息を切らせて叫ぶ。

「どうした」

「東方から来た使者だ。リクの故郷の村で——」


東方の男が一歩前に出た。年の頃は四十前後、漁師らしい日焼けした顔に、深い疲労の色が浮かんでいる。服は旅の汚れにまみれ、手にはボロボロの笠が握られていた。


「リク——いるか」

男の声に、リクが顔を上げた。包丁を握ったまま、目を見開く。

「……村長さん」

「無事だったか。よかった」

「どうしてここに」

「お前を追ってきた。そして——助けを求めに」


村長は深く息を吸い、震える声で告げた。

「村に——“味喰い”が出た。三日前からだ。漁から戻った者が次々に味覚を失い、今では村人の半数が何も感じられなくなっている」

「味喰い——」

「ああ。しかも今度のは、山で出会った霧の化け物とは違う。“海から来る”んだ。夜になると、浜辺に黒い霧が立ち込めて、その霧に触れた者から味覚が消える。漁ができず、村はもう——」


リクの顔から血の気が引いた。

「母さんが守った村が——」

「リク」

俺は立ち上がった。

「行くぞ。お前の村へ」

「でも、俺、まだ弟子になったばかりで——」

「弟子だからこそだ。自分の故郷を守れなくて、誰かのために料理を作れるか」

「……はい!」


シノとアリシアも同時に立ち上がった。

「師匠、俺も行きます!」

「私も。解毒スープの応用が役に立つかもしれません」

「よし。二人とも同行だ」


リリアは弓を背負い直し、ギリアムは大剣を担ぎ、ゴルドアとマクシミリアンは無言で立ち上がった。将軍は少し考えてから言った。

「私は残ろう。王都の屋台を守る。東方の海の幸を使った粥を研究しておく」

「助かる」


ヴァルケンと戦士たちもまた、屋台の留守を守るとうなずいた。グレゴールとエレナは東方の食材についてリクから教わったことを整理し、屋台の新メニュー開発を続けながら、いつでも援護に行ける準備を整え始める。


「村長、道案内を頼む」

「ありがたい。しかし——気をつけてくれ。今回の“味喰い”は、これまでと違う。ただ味を奪うだけじゃない——“味を呼ぶ”んだ」

「味を呼ぶ」

「ああ。夜中に浜辺に立つと、妙に甘い匂いが漂ってくる。嗅いだ者は無性に何かを食べたくなる。そして食べた者から——味が消える」

「……何かが、味を誘き寄せているのか」

「わからん。ただ——祠の精霊も、何かにおびえているようだった」


俺は背負った包みを確かめた。中には無味砂漠の岩塩、東方の乾物、香辛料、そして旅で培ったすべての味の記憶。海の味喰い——水の味を奪う何かが相手なら、火の味で応じるべきか。まだわからない。だが、行けば見えてくるはずだ。


「よし、出発だ。海の味を取り戻すぞ」

「了解!」

「はい!」


リクが母の形見の鍋を胸に抱き、深くうなずいた。村長が先導し、一行は東の漁村へ向けて歩き始める。背後では、屋台の灯りが朝日の中で静かに揺れていた。


(第72話 終)


▼ 次回予告(第73話用の引き)


東の漁村に到着したカズマたちを待っていたのは、異様な静けさに包まれた浜辺と、祠の前で震える精霊だった。

「海から——甘い匂いが来る。あれに触れると、味が消える」

海の祠の精霊が消え入りそうな声で警告する中、カズマは浜辺に立ち、潮風に混ざる異様な甘さの正体を探る。

(次話:「海の祠」)



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