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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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第70話「日常の味」


味の復活祭が幕を閉じた翌朝、王都はいつも通りの静けさを取り戻していた。


大通りに飾られた旗は取り外され、特設会場の調理台は解体され、各国から集まった料理人や使節団も次々に帰路についている。数日前までの熱気が嘘のように、街には普段の穏やかな空気が流れていた。


「祭り、終わったな」

リリアが屋台のカウンターに座り、茶をすすりながら言った。

「ああ。でも——屋台は終わらない」

「わかってる。今日も開けるんだろ」

「当たり前だ。腹を空かせた客は、祭りの有無に関係なく来る」


俺は炭火を起こし、最初の焼きおにぎりを網に並べた。醤油の焦げる香ばしい匂いが、朝の市場に広がっていく。祭りの特別メニューは今日から少しずつ通常メニューに統合していくつもりだったが、やはり基本は焼きおにぎりと味噌汁だ。


「カズマさん!祭りの残りの食材、どうしましょう」

シノが倉庫から顔を出す。手には西方の果物や北方の山菜、東方の酢や塩の甕が抱えられている。

「祠のレシピは全部、普段のメニューに落とし込め。ただし——少しずつな。一気に出すと厨房が回らん」

「はい!」

「それから、アリシア。お前の解毒スープは常連客に人気だった。正式にメニュー入りだ」

「ほんとですか!」

アリシアが顔を輝かせる。

「はい。名前は——“王女の解毒スープ”でどうだ」

「……王女は、ちょっと」

「なら、“アリシアの目覚めスープ”だ」

「はい!ありがとうございます!」


そこへ、常連客たちが次々に集まってきた。商人、冒険者、近所の主婦、それから戦神の戦士たちも鎧を脱いで普段着姿だ。


「カズマさん、おはよう!」

「今日のまかないは何だ?」

「祭りの残りもあるだろ?」

「まあ待て。今日はまず基本の焼きおにぎりと味噌汁だ。特別な日じゃない、普通の日には普通の飯が一番うまい」

「……それ、いい言葉だな」

商人が笑いながら焼きおにぎりを受け取る。


ヴァルケンと若い戦士たちもそれぞれの持ち場に着いた。大男は味噌汁の鍋をかき混ぜ、細身の戦士は焼きおにぎりを網に並べ、年少の戦士は卵かけご飯の卵を割っている。彼らの手つきは、もう完全に一人前の料理人だった。


「カズマ殿」

ヴァルケンが静かに声をかけてきた。

「祭りの間、多くの者たちがあなたの料理に触れました。戦神の軍からも、料理を学びたいという者が増えています」

「それはいいことだ。料理人は多いほうがいい」

「しかし——我々は戦士。料理を作ることは、戦うことと相反するのではないかと——」

「相反しない。飯を作るのも、誰かを守ることだ。お前たちはすでにそれをやっている」

「……そう、ですか」

「ああ。自信を持て」


ヴァルケンは少しだけ微笑み、味噌汁の鍋に戻っていった。


昼前、将軍が屋台に顔を出した。

「カズマ。粥の大鍋が空になった。今日の分は終了だ」

「早いな」

「祭りで評判が広まったらしい。明日はもっと仕込まなければ」

「ああ。手伝おう」

「いや——一人でやる。私は将軍としてではなく、一人の料理人として、この粥を作り続けたい」

「……そうか。いい顔になったな」

「お前のせいだ」


将軍は少しだけ笑い、空になった鍋を担いで市場を去っていった。その背中は、かつて飢餓に苦しんでいた男とは思えないほど、しっかりとしていた。


グレゴールとエレナは、新しいメニューの開発に余念がない。

「この香草のスープ、聖餐庁の祝祭スープと組み合わせられないか」

「薬草の清涼感が、祝祭スープの重さを抜くかもしれません」

「試してみよう」


二人の間には、聖餐庁と毒味役という過去の垣根は、もうなかった。ただ、より良い料理を作りたいという想いだけが共有されている。


ゴルドアとマクシミリアンは、屋台の周辺を巡回しながら、時折常連客と談笑していた。ギリアムは市場の食材をチェックし、エルムは屋台の隅で静かに茶をすすっている。


トシとグーラは気配を消してカウンターに座り、焼きおにぎりをつまみながら何やら楽しそうに話し込んでいた。シロガネとクロ、ガルム、喪犬も市場の片隅で昼寝を決め込んでいる。


夕方、ヴィオラが息を切らせて駆けつけた。

「カズマ!祭りの総括が終わったぞ。食糧庁の試算では、今回の祭りで大陸中の味覚が平均三割は回復したらしい」

「三割か。まだ七割はこれからだな」

「それでもすごいことだ。世界中から感謝状が届いてる。それから——」

「それから」

「食糧庁長官が、君に“王国名誉料理長”の称号を贈ると言っている」

「いらん」

「即答かよ」

「名誉や称号より、腹を空かせた客に飯を食わせるだけだ」

「……あんたらしいな」


ヴィオラは笑いながら、焼きおにぎりを一つ注文した。


夜、屋台の灯りがともる頃——俺は一人、カウンターに立っていた。


「今日も一日、終わったな」

リリアが隣に座る。

「ああ。明日も同じだ。焼きおにぎりを握り、味噌汁を作り、客を待つ」

「それが屋台だ」

「それが屋台だ」


常連客たちが帰り、市場に静けさが戻る。戦士たちが後片付けを終え、グレゴールとエレナが明日の仕込みを始め、シノとアリシアが包丁を研いでいる。将軍が明日の粥の材料を確認し、ゴルドアとマクシミリアンが警備の最終確認をしていた。エルムが静かに杖をついて屋台を一周し、ガルムと喪犬を伴って夜の見回りに出る。


「なあ、カズマ」

トシが姿を現し、新しい扇子を広げて隣に座った。扇子の絵は——屋台と、そこに集うすべての者たちの姿だった。

「結局、お前はいつもここに戻ってくるんだな」

「ここが俺の場所だからだ」

「これからも、そうか」

「ああ。屋台は終わらない。腹を空かせた客がいる限り——俺はここで料理を作り続ける」

「それで世界が回るのか」

「回ってるだろ、今のところ」

「……そうだな」


トシは扇子を閉じ、静かに笑った。


遠くで鐘が鳴る。王都の夜は、穏やかに更けていく。


今日も一日が終わり、明日もまた屋台は開く。特別なことは何もない、普通の日常——それこそが、長い旅の果てにたどり着いた、一番大切な味だった。


(第70話 終)


▼ 次回予告(第71話用の引き)


日常が戻った屋台に、一人の若者が訪れる。

「カズマさん——俺、あなたの弟子になりたいんです」

それは、九つの祠を巡る旅の噂を聞いて、遥か東方からやってきた少年だった。

(次話:「新たな弟子」)

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