第69話「祭りの幕開け」
王都の朝は、かつてない熱気に包まれていた。
大通りには色とりどりの旗がはためき、あちこちに特設の屋台や調理場が設営されている。香辛料の匂い、焼ける肉の煙、甘い菓子の香り——それらが混ざり合い、街全体が一つの巨大な厨房のようだった。各地から集まった群衆は広場へと流れ込み、王宮前に設営された巨大な祭り会場を取り囲んでいく。
「味の復活祭」——世界中の味を取り戻したことを祝う、かつてない規模の祭りだった。西方諸国連合、北方帝国、東方自由都市同盟、南方海洋諸国——大陸中の代表団が参加し、それぞれの料理を振る舞う。しかし、祭りの中心はなんと言っても、九つの祠をすべて料理で癒した伝説の「屋台シェフ」の特設会場だった。
「カズマさん、準備できました!」
シノが駆け寄ってくる。彼は祭り用の新しい前掛けをつけ、手には愛用の包丁を握りしめていた。
「ああ。アリシアは」
「はい!解毒スープの改良版、準備完了です」
アリシアもまた新しい調理服に身を包み、解毒スープの鍋を手にしている。二人とも、旅立つ前よりずっと頼もしい顔になっていた。
「よし——まずは特設会場の準備を仕上げるぞ」
俺は屋台を飛び出し、広場に設営された巨大な調理場へ向かう。今日の屋台はヴァルケンと戦士たちに任せてある。特設会場には、俺を中心に総勢数十人の料理人たちが配置され、旅の味を再現する準備を進めていた。
グレゴールが出汁の寸胴を見守り、エレナが薬草の束をより分け、将軍が粟粥の大鍋をかき混ぜている。ゴルドアとマクシミリアンは会場の警備と来賓の案内を担当し、ギリアムは食材の搬入に奔走していた。
「カズマ、西方の食材が到着したぞ!」
ランドルが馬車を引いて現れる。
「果物のソース用のリンゴと葡萄、それから香草の祠から届いた薬草の束だ」
「ありがたい。早速使う」
さらに、ヴィオラが食糧庁の職員を引き連れてやってきた。
「カズマ、祭りの開会式で一言頼む。総料理長としての挨拶だ」
「挨拶か——苦手なんだが」
「あんたなら大丈夫だ。適当に、いつもの調子で言えばいい」
開会式の銅鑼が鳴り響き、祭りが幕を開けた。
広場の中央に立つと、数千人の観客が詰めかけているのが見渡せた。貴族や各国の大使、料理人ギルドの面々、常連客たち、そして——王都の一般市民たち。その中には、見知った顔がいくつもある。
エグゼビアとアルデが西方代表として手を振り、ジルベールの弟子だったバルバラが監察局の制服で警備にあたっている。毒味役だったエレナは今、屋台の調理場で漬物を切り分けながら微笑んでいた。戦神の先遣隊だったヴァルケンと若い戦士たちは、今日も屋台の看板を守っている。調理院の総帥エドガー・ヴァン・ローゼンが最前列で腕を組み、料理人ギルドのマスター、エルナが杖をつきながら見守っていた。
そして——王女アリシアは、今日は客ではなく、共同料理人として調理場に立っている。
「これより、味の復活祭を開幕する!」
ヴィオラが高らかに宣言し、歓声が湧き起こった。
「総料理長、カズマ——挨拶を」
俺は一歩前に出た。数千の視線が集中するが——そんなことより、腹を空かせた客に何を食わせるか、それだけを考えればよかった。
「——俺は屋台シェフだ。大したことは言えない。ただ、飯を作るだけだ」
静かに言うと、広場がしんと静まる。
「この長い旅で、俺はたくさんの味に出会った。飢え、渇き、痛み、喪失、虚無——そして、それらを鎮める味の数々。今日ここに並ぶ料理は、俺だけのものじゃない。この世界で出会ったすべての者の味だ。だから——遠慮せずに食え。腹が減っているなら、誰彼かまわず食わせる」
「……以上だ」
一瞬の沈黙の後、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
特設会場に長蛇の列ができ、旅の味を再現した特別メニューが次々と振る舞われる。
「果樹園のリンゴソース添え、一丁!」
「麦の想いの団子、三つ!」
「香草の清涼スープ、大盛りだ!」
「茸の祠のキノコ粥、まだあるか!?」
「乳の目覚めの甘粥、子供たちに人気だ!」
「蜜の一滴の甘湯、冷たくしてお持ちしました!」
「酢の思い出の酢漬け、さっぱりしてるな!」
「塩味の目覚め汁——これは味噌汁に似てるぞ」
「こくの一滴の特製ソース、何にかけてもうまい!」
各国の代表たちが自国の料理と共にカズマの料理を味わい、料理人たちがレシピを必死に筆記する。ギルドマスターのエルナが涙を浮かべて「これぞ料理の未来だ」と呟き、エドガー総帥が「私も作りたい」と包丁を手に取った。
戦神の先遣隊だった戦士たちは、今では料理人として各国の客に料理を振る舞っている。将軍は祭りの裏方として粥を配り歩き、元帝国特務官のギリアムは食材の調達で走り回っていた。
トシとグーラは気配を消して会場を見守り、シロガネとクロ、ガルム、喪犬も祭りの賑わいを楽しんでいる。
「なあ、カズマ」
リリアが焼きおにぎりをかじりながら隣に立った。
「九つの祠を巡って、世界の味が戻った。でも——」
「でも」
「祭りが終わっても、あんたはまた屋台に立つんだろ」
「当たり前だ。屋台は終わらない。腹を空かせた客がいる限り——俺は料理を作り続ける」
「……あんたらしいな」
「それが屋台シェフだ」
祭りはまだ始まったばかり。世界の味が戻ったことを祝い、新たな味の時代の幕開けを告げる宴が、王都の夜空の下で続いていく。
(第69話 終)
▼ 次回予告(第70話用の引き)
味の復活祭は連日大盛況のうちに幕を閉じようとしている。最終日の夜、カズマはいつもの屋台のカウンターに立っていた。
「明日からは、また日常だ。特別な祭りは終わる。でも——」
屋台の灯りは消えない。新しい常連客も加わり、屋台はこれまで以上に賑わいを見せる。
(次話:「日常の味」)




