第68話「味の復活祭」
九つの祠をすべて癒し終えた一行は、王都への帰路をゆっくりと南下していた。
行きの旅路で荒れ果てていた風景は、今では少しずつ緑を取り戻し始めている。枯れ果てていた木々には小さな新芽が吹き、干上がっていた小川には再び水が流れ、風が運ぶ匂いにも生気が戻っていた。大地の味が癒えた証だった。
「世界が、息を吹き返してるみたいだ」
リリアが弓を肩にかけ直しながら言う。
「ああ。九つの祠を癒したからな。時間はかかるが、これで味は戻っていく」
「どのくらいかかるんだ」
「年単位だろう。でも——精霊たちが目覚めた今、確実に戻る」
道中、立ち寄った村はどこも活気を取り戻し始めていた。酢の祠の近くの村では甕の修復が始まり、醤の祠の近くでは塩田に再び海水が引かれ、油脂の祠の近くでは菜種の種まきが行われている。そして——どの村でも、カズマたちの噂は伝説のように語られていた。
「九つの祠を料理で癒した“屋台シェフ”だ!」
「味を取り戻した救世主だ!」
「俺たちも料理を習いたい!」
歓声に包まれるたびに、リリアが肘で俺をつつく。
「あんた、有名人だな」
「俺だけじゃない。みんなのおかげだ」
「それでも——屋台シェフとしての手柄だろ」
「手柄より、腹が減った。早く帰って焼きおにぎりを食いたい」
「……あんたらしいな」
王都の城壁が見えてきたのは、油脂の祠を発ってから十日余りの夕暮れだった。
城門の前には、かつてないほどの人だかりができている。旗や花で飾られた通り、太鼓や笛の音——まるで祭りのような賑わいだった。
「何かあったのか」
怪訝に思って城門をくぐると、門番が大声で叫んだ。
「カズマ殿がお戻りだ!」
その声は瞬く間に広がり、人だかりがどよめく。すると前方から、見覚えのある一団が駆け寄ってきた。先頭は蜂蜜色の髪を振り乱したヴィオラ。その後ろにはランドル率いる監察局、常連客の商人や冒険者たち、それから——ヴァルケンと戦士たちも走ってくる。
「カズマ!遅かったじゃないか!」
ヴィオラが叫ぶ。
「悪い。祠が九つもあってな」
「聞いたぞ!祠の精霊を全部目覚めさせたって——世界中の味を取り戻したって!」
「まだ戻りきってない。でも、これから戻る」
「それだけでも大したものだ!それで——」
彼女は言葉を切り、笑顔で告げた。
「王都では来週から“味の復活祭”を開くことが決まった。食糧庁とギルドと王宮の合同主催で、世界中から料理人や客が集まる。そして——カズマ。あんたに、その祭りの総料理長を頼みたい」
広場がざわついた。リリアが声を上げ、シノとアリシアが顔を見合わせる。
「総料理長」
「ああ。今回の祭りは、味が戻ったことを祝うだけじゃない。世界中から集まった客に、大地の新しい味を披露する場でもある。料理の総指揮は、世界中の味を知り尽くした“屋台シェフ”にしか務まらない」
「……わかった。引き受けよう」
「いいのか、即答だな」
「屋台シェフとして、祭りの料理を作るのも仕事だ」
その夜、屋台では久しぶりの宴が開かれた。
留守を守った将軍が腕を上げた粥を出し、グレゴールが出汁巻き卵を焼き、エレナが新しい漬物の甕を開ける。ヴァルケンたち戦士もそれぞれの得意料理を振る舞い、ヴィオラとランドルも加わって広場は大賑わいだ。
「カズマさん!旅の話を聞かせてください!」
「祠の精霊ってどんな姿だったんだ?」
「どんな料理を作ったんだ!」
常連客たちの質問に、シノとアリシアが嬉しそうに答えている。ゴルドアとマクシミリアンは静かに酒を酌み交わし、ギリアムと将軍は旅の土産話で盛り上がっていた。
エルムは屋台の隅で、九つの祠の地図を静かに巻き取りながら、穏やかな笑みを浮かべている。その傍らにはガルムと喪犬が伏せ、シロガネとクロがくぅんと鳴いていた。
「よし——明日から祭りの準備だ」
俺は立ち上がり、全員を見渡した。
「テーマは——“旅の味”。九つの祠を巡った旅で得た味の記憶を、一つの祭りにまとめる。世界中から客が来る。なら——世界中の味を、この屋台から発信する」
「どんな料理を作る」
リリアが尋ねる。
「祠で作った料理の数々を、屋台のメニューに落とし込む。果物のソース、麦の団子、香草のスープ、茸の粥、乳の目覚めの粥、蜜の一滴、酢の思い出、塩味の汁、こくの一滴——それらすべてを、祭りの特別メニューとして出す」
「全部!?」
「ああ。この旅で作ったすべての料理が、祭りの主役だ」
トシが扇子を広げて笑った。
「いいね。じゃあ、俺と兄貴も手伝うよ。食神として——祭りの味を、世界中に広げる手伝いを」
「ああ。我もだ」
グーラが静かにうなずく。
「かつて味を歪めた罪を、味を広げることで償う。この祭りは——そのための機会でもある」
夜が更けて、屋台の灯りがともる中、新しい祭りの準備が始まった。
明日から——「味の復活祭」が幕を開ける。世界中の味を取り戻した屋台シェフが、最後に振る舞う料理の数々。それは、この長い旅の集大成であり、そして——新しい味の時代の始まりでもあった。
(第68話 終)
▼ 次回予告(第69話用の引き)
味の復活祭がついに開幕。王都は世界中から集まった料理人と客でごった返し、かつてない熱気に包まれていた。屋台の特設会場には長蛇の列ができ、旅の味を再現した特別メニューが次々と振る舞われる。
(次話:「祭りの幕開け」)




