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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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第54話「王都への帰還」



街道を南へ下り続けて数日。ついに、王都の白亜の城壁が地平線の向こうに姿を現した。


見慣れた白い壁と、無数の尖塔。朝日に輝くその姿は、旅立った時と少しも変わらない。しかし、城壁の外には新しい露店が立ち並び、行き交う人々の顔には生気が満ちていた。原初の飢餓が鎮まったことで、王都周辺にも活気が戻ってきているらしい。


「帰ってきたな」

リリアが弓を下ろし、感慨深げに城壁を見上げる。

「ああ。ずいぶん長く留守にした」

「数ヶ月だ。でも——」

「でも、ずいぶん遠くまで行った」


シノが駆け出しそうになるのを、アリシアがそっと制した。

「兄弟子、もう少しです。落ち着いて」

「わ、わかってますけど——早く屋台に戻りたい!」


ゴルドアとマクシミリアンは無言で城門を見つめ、ギリアムは大剣を背負い直しながら小さく笑った。トシとグーラは気配を消し、シロガネとクロ、ガルム、喪犬も大人しく後ろに控えている。


「入るぞ」

俺が城門をくぐると、門番が一瞬きょとんとした顔をし、それから大声で叫んだ。

「カズマ殿——!カズマ殿がお戻りだ!」


その声は瞬く間に街中へと広がり、通りに面した家々の窓が次々に開き、商人たちが顔を出し、子供たちが走り寄ってくる。


「カズマさんだ!」

「帰ってきたぞ!」

「おかえりなさい!」

「よくぞご無事で!」


歓声に包まれながら大通りを進むと、前方から見覚えのある一団が駆け寄ってくるのが見えた。先頭は蜂蜜色の髪を振り乱したヴィオラ。その後ろには、ランドル率いる監察局の面々、それから常連客の商人や冒険者たち——みんな、息を切らせて走ってくる。


「カズマ!」

ヴィオラが叫ぶ。

「遅かったじゃないか!どれだけ待たせたと思ってる!」

「悪い。予定より少し長引いた」

「少し!?数ヶ月だぞ!おかげでこっちは——」

彼女は言葉を切り、少しだけ目を潤ませてから、笑った。

「……おかえり」

「ああ。ただいま」


ランドルがヴィオラの後ろから顔を出す。

「カズマ殿!ご無事で何よりです!道中の噂は聞いておりました。五つの祠を料理で鎮め、ついには飢餓の神殿の封印を修復されたとか」

「ああ。みんなのおかげだ」

「いやはや——王都はあなたの帰還を待ちわびておりました。今日はもう、街中がお祭り騒ぎです」


実際、通りはみるみるうちに人で溢れ、あちこちで「カズマが帰ってきた!」という声が上がっている。


「カズマ、先に屋台に行こう」

リリアが言った。

「みんなが待ってる」

「ああ」




東市場の広場に着くと、そこには——驚くべき光景が広がっていた。


俺たちの屋台は、旅立つ前よりずっと立派になっていた。カウンターは拡張され、以前は一つだった竈が三つに増え、メニュー表の看板も新しくなっている。周囲には簡素なテーブルと椅子が並べられ、ちょっとした食堂のようになっていた。


そして——屋台の前には、長蛇の列ができている。それを捌いているのは、見覚えのある黒衣の戦士たちだった。


「カズマ殿!」

ヴァルケンが叫び、手にしていたおたまを放り出して駆け寄ってくる。後ろでは大男が味噌汁の鍋を見守り、細身の戦士が焼きおにぎりを網に並べ、年少の戦士が卵かけご飯の卵を割っていた。

「ご無事でしたか!」

「ああ。留守を任せてすまなかった」

「とんでもない!我々は——我々は、あなたの教えを守り、この屋台を絶やさぬよう努めてまいりました!」


大男が鍋から顔を上げて言った。

「カズマ殿!味噌汁、ずいぶん上達しました!ぜひ味見を!」

「あとでな」

細身の戦士が焼きおにぎりを差し出す。

「焼きおにぎりも、焦げ加減にこだわって——」

「だからあとで」


年少の戦士が卵を割りながら涙ぐんでいる。

「カズマさん、おかえりなさい——」

「ああ。ただいま」


そこへ、屋台の奥からさらに見知った顔が現れた。将軍と——エレナ、それにグレゴールだった。


「カズマ。戻ったか」

将軍が静かに言う。その手には、練習を重ねたのであろう粥の茶碗が握られている。

「ああ。戻った」

「では——約束通り、粥の味見を頼めるか」

「ああ。楽しみにしてた」


グレゴールが無言で頭を下げ、エレナがかすかに微笑む。二人とも、留守の間ずっと屋台を守り続けてくれたのだろう。


「師匠」

アリシアがそっと言った。

「みんな、あなたを待っていたんです」

「……ああ」




夕方、屋台の灯りがともる頃——かつてないほどの宴会が始まった。


戦神の戦士たちが作った料理、将軍の粥、グレゴールの出汁巻き卵、エレナの漬物、そして旅から持ち帰った様々な味の記憶——それらすべてがテーブルに並べられる。広場には常連客たちが大集合し、ヴィオラやランドル、ヴァルケンたちも加わって、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


「カズマの帰還を祝って——乾杯!」

リリアが茶碗を掲げると、広場中から「乾杯!」の声が上がる。中身は酒ではなく、将軍特製の粟粥と味噌汁のブレンドだ。我ながら妙な飲み物だが、誰も文句を言わない。


「なあ、カズマ」

トシが姿を現し、新しい扇子を広げて隣に座った。扇子の絵は、王都の全景と、その中央に立つ屋台の姿に変わっている。

「お前、これからどうする」

「決まってる。明日からまた屋台を開ける」

「どんな料理を作る」

「旅の味を活かした新メニューだ。祠の粥、渇きの蜜、鎮痛の薬草粥、思い出の野草粥、存在の塩粥——それらを屋台のメニューに落とし込む。材料はDeliveryも復旧したし、仕入れには困らん」

「世界中の味を、一つの屋台で出すのか」

「ああ。世界中の客が、世界中の味を食いに来る。そうすれば——もう一度、飢えが世界を覆うことはない」


トシはしばらく黙ってから、破顔一笑した。

「いいね。じゃあ、俺も手伝うよ。食神として——お前の屋台の味を、世界中に広げる手伝いを」

「頼む」


グーラも静かにうなずく。

「我もだ。かつて味を歪めた罪を、味を広げることで償いたい」

「ああ。ガルム、シロガネ、クロ、喪犬も——みんなでやろう」


シロガネが尾を揺らし、クロがくぅんと鳴き、ガルムと喪犬が静かにうなずく。


シノとアリシアが並んで立っていた。

「師匠。明日からまた、修業をつけてください」

「私も——もっと多くの料理を作れるようになりたい」

「ああ。お前たちはもう弟子じゃない。明日からは——共同料理人だ」

「え——」

「いいのか」

「いいんだ。お前たちには自分の味がある。それを屋台で出せ。俺の味と一緒にな」


二人は顔を見合わせ、涙をぬぐって笑った。




夜が更けて、宴もたけなわを過ぎた頃——俺は一人、屋台のカウンターに立っていた。炭火はまだ赤く熾き、網の上には焼きおにぎりが一つ、こんがりと焼けている。


「ただいま」

俺は小さく呟き、その焼きおにぎりをかじった。醤油の焦げた香ばしさと、米の甘み。旅立つ前と変わらぬ味——いや、少しだけ違う。この数ヶ月で出会ったすべての味が、この焼きおにぎりにも染み込んでいる。


「明日から、また屋台を開けるぞ」


広場の向こうでは、常連客たちが笑い合い、戦士たちが鍋を洗い、将軍が粥の練習を続けている。ヴィオラが新しい食糧政策の構想を語り、ランドルが警備の相談に乗り、エルムが静かに茶をすすっていた。


世界は変わった。飢えは去り、味が戻り、人々は料理を通じて繋がり始めている。しかし——俺のやることは何も変わらない。腹を空かせた客に、誰彼かまわず飯を食わせる。ただそれだけだ。


それが、屋台シェフの——カズマの生きる道だから。


(第54話 終)




▼ 次回予告(第55話用の引き)


王都に戻ったカズマの屋台は新メニューを加えて再始動する。しかしそこへ、思いがけぬ客が——。

「カズマ殿。西方諸国連合の大使として、正式な依頼があって参った」

美食教団のエグゼビアとアルデが、改まった面持ちで屋台を訪れる。

(次話:「西方からの招待状」)

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