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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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第46話「旅立ちの朝」



北の果てへの旅立ちの前夜、屋台にはいつもと変わらぬ灯りがともっていた。


しかし、その灯りの下に集まる顔ぶれは、いつもよりずっと多かった。常連客たちはもちろん、ヴァルケンと戦士たち、ゴルドアとマクシミリアン、エルム、アリシア、シノ、リリア、グレゴール、エレナ、ギリアム、将軍——そして気配を消したトシ、グーラ、シロガネ、クロ、ガルム。全員が、明日からの旅についてそれぞれの思いを抱えながら、最後の晩餐を囲んでいた。


「よし、今夜のまかないは——大鍋いっぱいの“屋台の寄せ鍋”だ」

俺が寸胴の蓋を開けると、湯気と共に様々な香りが広がった。戦神に捧げたあの鍋をさらに改良し、常連客たちの好みも取り入れた特製版だ。豆腐、白菜、豚肉、魚、山菜、キノコ——市場で手に入るあらゆる食材が所狭しと煮えている。

「好きなだけ食え。明日からしばらくは、この味ともお別れだ」


「そんな言い方すんなよ、縁起でもない」

リリアが茶碗を差し出しながら言う。

「別れじゃない。留守にするだけだ」

「それでも——あんたがいない屋台なんて、考えられない」

「大丈夫だ。グレゴールとエレナがいる。それに——ヴァルケンたちも残る」


ヴァルケンが深くうなずいた。

「ああ。我々はこの街と屋台を守る。カズマ殿が留守の間、営業は我々に任せてほしい」

「営業、できるのか」

「研修は積んだ」

ヴァルケンが真顔で言うと、後ろの戦士たちも一斉にうなずいた。大男は味噌汁の担当、細身の男は焼きおにぎり、年少の戦士は卵かけご飯——それぞれが自分の得意料理を見つけ、この数週間で驚くほど上達していた。

「それに——」

「それに」

「カズマ殿が帰ってきた時、店が潰れていたら申し訳が立たない」

「……そうか。頼んだぞ」


エレナが無言で漬物の甕を開け、グレゴールが鍋の火加減を確認する。彼らは残る組だ。屋台の味を守り、留守の間も常連客たちを飢えさせないために。


「私も残る」

将軍が言った。

「戦場の経験はあれど、飢餓の神殿への道は私には未知の領域だ。それに——この街の警備を任せてほしい。帝国の残党や西方の密偵が、お前の不在に乗じて動かぬとも限らん」

「助かる」

「それと——粥の作り方を、もっと練習しておく。お前が帰ってきたら、味見を頼めるか」

「ああ。楽しみにしてる」


ギリアムは将軍と目を合わせ、静かにうなずいた。

「俺は行く。大剣が役に立つ場面もあるだろう」

「ああ、頼む」




「よし、では——旅の班を発表する」

俺は立ち上がり、全員を見渡した。


「まず、俺が料理長。旅の間、すべての食事を作る」

「当たり前だ」

リリアが言う。


「次に、案内役のエルム。飢餓の神殿への道を知っているのはお前だけだ」

「承知した」

エルムは静かにうなずく。彼の痩せこけた顔には、まだ疲労の色が残っているが——それでも、千年ぶりに誰かのために役立てることを、噛みしめているようだった。


「戦闘班は——リリア、ギリアム、ゴルドア、マクシミリアン。道中の危険はお前たちが排除しろ」

「任せろ」

ゴルドアが拳を握る。

「主君からも、お前を守れと言われている」

「ああ。私も戦神の命により、お前と共に行く」

マクシミリアンが無表情のまま言った。

「それに——まだ粥の改良途中だ。旅の間も教えを請いたい」

「かまわん」


「神班——トシ、グーラ、シロガネ、クロ、ガルム。お前たちは神の力で俺たちを援護しろ。特に飢餓に近づけば近づくほど、お前たちの力が必要になる」

「了解」

トシが扇子を広げる。

「食神として——飢餓に味を教えてやる」

「我もだ」

グーラが静かに言った。

「かつて飢餓の欠片に取り憑かれた者として、決着をつける」

シロガネが尾を揺らし、クロがくぅんと鳴き、ガルムが低く唸って応えた。


「そして——調理補助班。アリシア、シノ」

「はい!」

二人が同時に返事をする。

「お前たちは、旅の間、俺の厨房を手伝え。材料の下ごしらえ、火の番、味見——やることは山ほどある」

「頑張ります!」

「私も、精一杯」


シノはすでに包丁を握りしめ、アリシアは解毒スープの小鍋を抱えている。二人の目は、かつての弟子入りしたての頃とは比べ物にならないほど、しっかりと輝いていた。




翌朝、東の空が白み始める頃——旅立ちの時が来た。


市場の入口には、旅の一行が勢揃いしていた。俺、リリア、ギリアム、ゴルドア、マクシミリアン、エルム、アリシア、シノ——そして気配を消した神々と獣たち。総勢十余名の一団は、見送りに集まった常連客たちでごった返す市場の中を、静かに歩き始める。


「カズマさん!絶対に帰ってきてくださいよ!」

「焼きおにぎり、また食わせてくれ!」

「味噌汁の作り方、練習して待ってます!」

「弟子の卵かけご飯も楽しみにしてるぜ!」


常連客たちの声に、シノが振り返って手を振る。

「絶対に帰ってきます!それまで——ヴァルケンさんたちの料理を食べてください!」

「おう!」


ヴァルケンと戦士たちは屋台の前に整列し、深々と一礼した。

「カズマ殿——ご武運を」

「ああ。留守を頼んだぞ」

「はい」


将軍もまた、静かに頭を下げる。

「粥の味見——楽しみにしている」

「ああ。必ず食いに来い」

「約束だ」


グレゴールとエレナは無言で、それぞれ包みを差し出した。グレゴールの包みには聖餐庁時代の古い護符が、エレナの包みには解毒用の薬草束が入っている。

「道中、何かあればこれを使え」

「ああ。ありがたく」

「ご無事で」

「留守を頼む」


屋台の看板には、一枚の張り紙が貼られていた。


『しばらく留守にします。営業はヴァルケンたちが続けます。味噌汁は大男、焼きおにぎりは細身の彼、卵かけご飯は年少の戦士が担当。味の保証はできませんが、真心は保証します。飢えるなよ。必ず帰る。——カズマ』


「……真心は保証します、か」

リリアが読み上げて、少しだけ笑った。

「あんたらしいな」

「いいだろ」

「ああ」




一行が街の北門を抜ける頃、後ろから一人の人影が走ってくるのが見えた。


「待ってください!カズマ殿!」


アリシアが驚きの声を上げる。走ってきたのは——ヴィオラだった。蜂蜜色の髪を振り乱し、軍服のまま息を切らせている。

「ヴィオラ——」

「はあ、はあ——よかった、間に合った」

「どうした。食糧庁の許可はもらってるはずだ」

「許可の話じゃない。これを持って行け」


ヴィオラが差し出したのは、小さな小箱だった。開けると、中には王国の紋章が刻まれた指輪が納められている。

「それは王国の“食糧使節”の証だ。大陸のどこであれ、この指輪を見せれば食料の提供を受けられる。飢餓の神殿への道中、食料調達の役に立つはずだ」

「ありがたい。しかし——いいのか、こんな権限」

「いいんだ。これは——私からの、個人的な餞別だ」

ヴィオラは少しだけ笑った。

「あんたには、これまで何度も助けられた。将軍のことも、王女のことも、聖餐庁のことも、そして——私自身も」

「ヴィオラ」

「だから——必ず帰って来い。屋台を、もう一度開けろ。これは食糧庁長官補佐としての命令だ」

「……わかった。必ず帰る」


ヴィオラは深くうなずき、それからくるりと背を向けて、来た道を駆け戻っていった。




北へ向かう街道は、徐々に緑が減り、岩が多くなっていく。冷たい風が吹き、空は青いがどこか不気味な静けさを帯びていた。


「エルム、最初の祠はどのあたりだ」

「ここから北へ五日ほど進んだ場所にある。“飢えの祠”と呼ばれる最初の封印地だ。そこには——飢餓の欠片が、ある獣に宿っている」

「獣」

「ああ。飢餓を喰らう獣——ガルムの同族だ。だが、ガルムよりずっと凶暴で、飢えに完全に支配されている」

「手強いか」

「手強い。しかし——お前の料理で鎮められれば、封印は強化される」


ガルムが低く唸った。同族と戦う覚悟があるのかもしれない。シロガネがその首を舐めてやり、クロが寄り添う。


「よし——最初の祠までは、ひたすら歩くぞ」

「了解」

「ああ」


一行は北へ、北へと歩みを進める。行き先は飢餓の神殿——原初の飢餓が眠る、人跡未踏の封印地。そこで俺は、「味の核」を捧げる料理を作らなければならない。


まだ、どんな料理になるかはわからない。だが——それは俺一人の料理ではない。ここに集まったすべての者の味を、一つの料理にまとめたものになるはずだ。


「なあ、カズマ」

リリアが隣に並んで歩きながら言った。

「帰ったら、何が食いたい」

「まだ旅が始まったばかりだぞ」

「それでも。帰った後の話をするのは、旅の定番だろ」

「……そうだな。帰ったら——焼きおにぎりだ」

「焼きおにぎり」

「ああ。俺の屋台の、一番最初のメニューだ。あれを食えば——どんな旅も終わる」

「わかった。じゃあ、絶対に帰ろう」


リリアは少しだけ笑って、弓を担ぎ直した。


カウンターの代わりに背負った包みには、米と醤油と梅干し。どんな場所でも、どんな時でも——俺は料理を作る。それだけが、この世界で生きる俺の証だからだ。


(第46話 終)




▼ 次回予告(第47話用の引き)


北へ向かう街道の果て、最初の関門が近づく。

「ここが最初の祠——“飢えの祠”だ」

エルムの言葉に、一同が足を止める。祠の奥からは、飢餓の欠片を宿した獣の唸り声が響いていた。

(次話:「飢えの祠」)

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