第113話「最後の任務」
朝の市場に、見慣れぬ軍馬が二頭、静かに停まった。馬上から降りたのは戦神の本隊に仕える伝令官だった。鎧には戦神の紋章が輝いている。広場にいた常連客たちが一瞬ざわついたが、ヴァルケンが手を上げて制すると、すぐに静けさが戻った。
「カズマ殿。ヴァルケン殿。戦神様からの親書です」
伝令官が差し出した封書には、戦神直筆の簡潔な文が記されていた。
「北の山間にて、かつて我が軍が焦土と化した村がある。その地に再び人が住み始めた。ついては——彼らに、温かい飯を届けてほしい。これは命令ではない。依頼だ。我が兵たちが、最後の任務として、『料理』を運ぶことを願う」
ヴァルケンは封書を読み終えると、深く息を吐き、背筋を伸ばした。
「カズマ殿——我々に、最後の任務をいただけないでしょうか」
「最後の任務」
「はい。我々はかつて、武器を手に戦場を駆けた。しかし今は——こうして包丁を握っている。ならば、最後に戦神様の依頼を果たし、我々自身の過去に決着をつけたい」
大男が味噌汁の鍋から顔を上げ、細身の戦士が焼きおにぎりを網から取り上げ、年少の戦士が卵を割る手を止めて、ヴァルケンの後ろに並ぶ。
「俺たちもです」
「自分たちの手で、届けてきます」
「あの村には——俺たちが焼いた場所もある。だからこそ、自分たちで粥を届けたい」
俺は焼きおにぎりを網に並べながら言った。
「いいだろう。ただし——その粥は、お前たちだけで作れ。俺は手伝わない」
「……はい。自分たちの力で」
「行ってこい。帰ってきたら、またここで焼きおにぎりを握れ」
「ありがとうございます!」
ヴァルケンと戦士たちは深く一礼し、早速、旅支度を始めた。将軍が自分の粥の素を差し出し、グレゴールとエレナが保存食をまとめ、弟子たちが手早く荷造りを手伝う。
北の山間へ出発した戦士たちは、五日後の夕暮れに帰還した。彼らの手には空になった鍋や器が抱えられ、顔には疲労よりも安堵の色が濃く刻まれている。
「カズマ殿——ただいま戻りました」
「どうだった」
「村の者たちは——涙を流して喜んでくれました。戦神様の名ではなく、我々の名に感謝の言葉をくれました。『料理人さん、ありがとう』と」
「そうか」
「我々は——もう戦士ではない。料理人です。最後の任務を終えて、ようやく腹が決まりました」
ヴァルケンは背筋を伸ばし、静かに、しかし確かにそう言った。その目にはもう、かつての戦神の先遣隊としての冷たい輝きはない。代わりに、誰かのために料理を作りたいと願う料理人の穏やかな光があった。
夕方、本店のカウンターに全員が集まった。ヴァルケンたちは早速、いつもの包丁を握り、味噌汁の鍋をかき混ぜ始める。常連客たちが「おかえり」と声をかけ、将軍が無言で粥の大盛りを差し出す。シノとサジョウ、リクもそれぞれの持ち場で笑顔を見せた。
「なあ、カズマ。あいつら、すっかり料理人だな」
リリアが茶をすすりながら言った。
「ああ。もう戦士ではない」
「でも——戦いがなくなっても、ここにはまだ守るべきものがある。屋台と、客と、仲間と——」
「ああ。それを守るのが、お前たちの役目だ」
夜が更けて、市場に静けさが戻る。屋台の灯りは今日も消えず、戦士たちが握る焼きおにぎりの香ばしい匂いが、王都の夜を静かに包んでいた。
(第113話 終)




