第111話「継ぐ味」
二号店が軌道に乗り、王都の日常はすっかり落ち着きを取り戻していた。本店の屋台にも二号店にも常連客が途切れることなく通い、弟子たちはそれぞれの持ち場で腕を磨き続けている。
そんなある朝、シノが改まった様子で本店の厨房に立っていた。手には母の形見の包丁が握られている。
「師匠——少し話が」
「なんだ」
「俺、最近ずっと考えてたんです。師匠の味を継ぐって、どういうことなのか」
俺は焼きおにぎりを網に並べながら、シノの言葉を待った。
「俺、最初は師匠の真似をして、卵かけご飯を作ってました。でも、だんだん自分の味になっていった。それで思ったんです。師匠の味を継ぐって、師匠と同じ料理を作ることじゃない。師匠が教えてくれた“誰かのために作る”っていう心を、自分なりに続けることなんだって」
「ああ。その通りだ」
「だから——俺、二号店を任されている今、新しいことに挑戦したいんです」
「新しいこと」
「はい。弟子を取ります。俺の卵かけご飯を、誰かに教えたい」
広場が静まった。リリアが茶碗を置き、サジョウが顔を上げ、リクが鉄鍋を抱えたまま固まる。将軍が無言でうなずき、グレゴールとエレナが手を止めた。
「誰か目星はあるのか」
「はい。市場で何度か見かけた孤児院の子供たちです。彼ら、いつも屋台の前でお腹を空かせて見てるんです。俺——あの子たちに、温かい飯の作り方を教えたい」
「いいだろう。お前の弟子だ。お前が決めろ」
「……ありがとうございます!」
シノは深く頭を下げ、包丁を握り直した。その目は、初めて弟子入りした日の不安げな少年のものではない。誰かに教え、誰かを育てる——次の世代の料理人を育む覚悟を決めた者の目だった。
数日後、二号店の片隅に小さな踏み台が置かれ、三人の子供たちが包丁を握っていた。年の頃は十歳に満たない小さな手で、シノが手取り足取りネギの刻み方を教えている。孤児院から通いで修行に来ている彼らは、真剣な顔でネギを刻んでは、時折笑い合っていた。
「包丁はまっすぐに。力を入れすぎるな」
「はい、師匠!」
子供の一人がシノを「師匠」と呼ぶのを聞いて、サジョウが目を丸くする。
「シノさんが、師匠——」
「そうだな。もう立派な師匠だ」
俺が言うと、シノは照れくさそうに頭をかいた。
「いや、俺はまだまだです。でも——」
「でも」
「教えることで、自分も学べることがたくさんあります。師匠が俺に教えてくれたように、今度は俺が伝える番です」
その夜、本店のカウンターでリリアが茶をすすりながら言った。
「シノが弟子を取るとはな。ついこの前まで、あいつ自身が弟子だったのに」
「ああ。世代が移っていく。それが自然なことだ」
「寂しくないか」
「寂しくないと言ったら嘘になる。でも——誇らしい」
「……そうだな」
翌朝、二号店では子供たちが初めて自分たちで握ったおにぎりを、常連客に振る舞っていた。形はいびつで、塩加減もまだ不安定だ。しかし客たちは笑顔で「うまい」と言い、子供たちは飛び上がって喜ぶ。その光景を見守るシノの目は、かつてカズマが彼を見守った時と同じ、静かな誇りに満ちていた。
(第111話 終)




