第109話「二号店の開店」
二号店の開店準備は、弟子たちを中心に慌ただしく進められた。
改装を終えた店舗は、かつての空き店舗とは思えぬ明るさに包まれている。白い壁に木の梁が温かみを添え、厨房には新調した竈が三基。客席は十席ほどで、屋台よりずっと広々としていた。看板にはリリアが筆を執った文字で「屋台 まかない処 二号店」と掲げられている。
「師匠、準備完了です」
シノが新しい前掛けをつけ、包丁を握りしめて立っていた。その目は初めて卵かけご飯を作った日よりずっと頼もしい。
「よし。今日からここは、お前が店長だ」
「……はい!」
アリシアが養生スープの寸胴を据え、サジョウが粥の鍋をかき混ぜ、リクが東方から届けたばかりの干し魚とアオサを並べている。将軍は一号店と二号店の両方に粥を供給するため、早朝から大鍋を二つ抱えて奔走していた。グレゴールとエレナは二号店の厨房で新作の漬物を仕込み、ヴァルケンたちは客席の設営と案内を担当する。
「開店だ」
俺が暖簾を掲げると、待ち構えていた常連客たちがどっと詰めかけた。
「二号店!広いな!」
「弟子の卵かけご飯、こっちでも食えるのか!」
「養生スープも!」
「潮騒の味噌汁も頼む!」
シノが注文をさばき、サジョウが粥をよそい、リクが味噌汁を振る舞う。アリシアは養生スープの列ができるほどの盛況ぶりで、その傍らではヴィオラとランドルがそれぞれ焼きおにぎりをかじりながら「こっちも悪くない」と笑い合っていた。
「二号店も軌道に乗りそうだな」
リリアが茶をすすりながら言った。
「ああ。弟子たちがしっかりしている。これなら遠方への出店も夢じゃない」
「遠方へ、か。でも——あんたはここに残るんだろ」
「ああ。俺は本店で焼きおにぎりを握り続ける。それがあれば十分だ」
「……そうか」
昼前、アリシアが本店の屋台に顔を出した。手には二号店で初めて振る舞われた養生スープの器が握られている。
「師匠——二号店での初めてのスープです。味見を」
一口すすると、柑橘の爽やかさと薬草の清涼感が絶妙に調和している。戴冠式で振る舞ったものより、さらに深みが増していた。
「うまいよ。お前の味が、さらに磨かれたな」
「ありがとうございます。師匠が教えてくれたから——私は料理を作り続けられる。王女としてではなく、一人の料理人として」
「もうとっくに、お前は料理人だ」
アリシアは少しだけ目を潤ませ、深く一礼した。彼女が本店を去り際、リリアとすれ違う瞬間、二人は言葉を交わさなかった。しかし——互いの目を見つめ、かすかにうなずき合う。その仕草だけで、十分だった。
夕暮れ、二号店の初日が無事に終了した。売り上げは上々で、常連客たちは「これで席が増えて助かる」「次は何が食えるんだ」と早くも明日を楽しみにしている。
「シノ、初日お疲れさま」
俺が声をかけると、彼は照れくさそうに包丁を研ぎながら答えた。
「師匠——俺、今日初めてわかったことがあります」
「なんだ」
「店長って、誰かを守ることなんですね。厨房を守り、弟子たちを守り、客を守る。それって——師匠がずっとやってきたことだ」
「ああ。そして、お前もそれをやっている」
「……はい。これからも、ここを守ります」
その隣では、サジョウが明日の仕込みをしながら、リクに東方の魚の干し方を教わっている。将軍が二号店の粥の在庫を確認し、グレゴールとエレナが新しいメニューの試作に余念がなかった。
夜が更けて、市場に静けさが戻る。しかし二号店の灯りは今日も消えず、本店の灯りと共に、王都の夜を静かに照らし続けていた。
(第109話 終)




