表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/120

第105話「兄弟子の役目」


リクが故郷の村へ旅立った翌朝、屋台には少しだけ寂しさが漂っていた。それでも常連客たちはいつも通りに詰めかけ、将軍の粥をすすり、ヴァルケンたちの味噌汁に舌鼓を打っている。サジョウは今日も将軍の粥の盛り付けを手伝いながら、自分の包丁の練習に余念がなかった。


しかしシノだけは、どこか浮かない顔でカウンターに立っていた。卵かけご飯の注文は相変わらず多いのに、その手つきにいつもの勢いがない。


「シノ、どうした」

俺が声をかけると、彼ははっと顔を上げた。

「あ、いや——師匠、ちょっとだけ、話が」


カウンターの隅に移動すると、シノは包丁を握りしめたまま、ぽつりと言った。

「リクが村に帰って、アリシアさんは王女の仕事と両立して、サジョウさんも一人で粥を作れるようになって——みんな、自分の道を見つけてる。俺だけが——」

「俺だけが、何も変わってないと思っているのか」

「……はい。俺、最初の弟子なのに。ずっと卵かけご飯だけで、他に何もできない」

「シノ。お前は今日、何人の客に卵かけご飯を出した」

「え……二十人くらい、です」

「そのうち何人に『うまい』と言われた」

「……みんな、です。でも——」

「みんなに『うまい』と言わせる料理を作れる料理人が、どれだけいると思う」

「それは——」

「お前の卵かけご飯は、もうお前だけの味だ。師匠の真似でも、母さんの再現でもない。誰かのために、自分の味を届けられる——それが料理人だ。変わっていないわけじゃない。とうの昔に、変わっていたんだ」


シノは包丁を握りしめたまま、唇を噛みしめた。目が少しだけ潤んでいる。


「それに——」

俺は少しだけ間を置いてから言った。

「リクが村に帰り、アリシアが王女としての務めを果たし、サジョウがまだ修業を続ける中で——ここに残って、ここの味を守る者がいる。それが、最初の弟子としてのお前の役目だ」

「俺の——役目」

「ああ。弟子たちが出て行っても、帰ってくる場所がある。その場所を守るのが、兄弟子の仕事だ。お前はここで、これからも卵かけご飯を握り続けろ。誰かが帰ってきた時、『おかえり』と差し出せるように」

「……はい」


シノは涙をぬぐい、包丁を握り直した。その目はもう、迷いのない料理人の目だった。

「師匠——俺、ここを守ります。ずっと」

「ああ。頼んだぞ」


午後、アリシアが王宮での公務を終えて屋台に顔を出した。王女の正装から着替え、すっかり厨房の調理服が板についている。


「師匠、ただいま戻りました」

「おかえり。公務はどうだった」

「今日は戴冠式の日程が正式に決まりました。一月後です」

「そうか。忙しくなるな」

「はい。でも——戴冠式の晩餐会で、私の養生スープを振る舞いたいんです。王宮の料理人たちと相談して、何とか許可をもらいました」

「面白いな。王女が自分の戴冠式で自分のスープを出すのか」

「はい。師匠に教わったことを、皆に知ってもらいたくて」

「いいだろう。味見はいつでも付き合う」


アリシアは微笑み、厨房に向かおうとして——ふと足を止めた。

「師匠。リクが村に帰って、少し寂しくなりましたね」

「ああ。でも、帰ってくる。ここはあいつの故郷でもある」

「そうですね。ここは——みんなの故郷です」


彼女は少しだけ遠くを見つめ、それから養生スープの鍋に向かった。


夕暮れ、今日最後の客を見送った後、リリアがカウンターで茶をすすりながら言った。

「シノが腹を決めたみたいだな」

「ああ。自分の役目を見つけた」

「兄弟子は大変だな」

「でも、向いてる」

「そうだな」


サジョウが最後の粥の鍋を片付けながら、シノに声をかけた。

「シノさん——明日からも、私に色々教えてください」

「ああ、もちろん。一緒に、この屋台を守ろう」

「はい!」


夜が更けて、市場に静けさが戻る。屋台の灯りがともり、明日への仕込みが静かに続いていた。弟子たちはそれぞれの道を歩み始めている。しかし誰もが、ここに帰ってくる。ここが彼らの居場所だからだ。


(第105話 終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ