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守る刃、支える算  作者: 麦崎誠
第三章 賊
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第十五話 血戦

 木屑と油と汗の匂い。突入すると、四人の浪人。囲炉裏を囲んでいた。秋山与力たちの姿をとらえた男たちが刀を掴む。

「てめえら、役人か!」

 怒号。とともに刃が交わる。秋山与力が首魁へ肉薄する。

「御用改めである!」

 秋山与力の首魁への初撃により、血飛沫が上がる。秋山与力の声を皮切りに村上隊が側面から雪崩れ込んだ。乱戦が巻き起こる。名もなき浪人は、最も近い浪人へ踏み込もうとした。だが、敵の方が速い。

「死ねぇっ!」

 横薙ぎの一閃。脇腹に鋭い痛みが走り、着流しが赤く染まる。それでも、名もなき浪人は怯まない。

「そこだ!」

 突く。浅い。血が散る。間合いが開く。互いに息が荒い。

 うまく隙はついたものの、先ほど受けた傷は深い。正攻法では削り負ける。

 名もなき浪人は、わざとよろめいた。追撃に踏み込む敵。

 その瞬間。地を蹴る。草鞋の先が、股間を正確に打ち抜く。敵の声にならぬ呻き。

 刀が落ちる。膝から崩れる敵。名もなき浪人は踏み込む。そして、昨日船出前に新調した刀を振り上げ、下ろす。首筋を断つ。骨を裂く感触。敵方の浪人は崩れ落ち、二度と動かない。血が顔を濡らす。息が荒い。だが、戦いは終わらない。しかし、名もなき浪人の体力は限界に近かった。名もなき浪人は倒れた骸の陰に身を滑らせた。その一蹴の隙に干飯を噛み砕き、血とともに飲み下す。

「隙ありぃっ!」

 肩に刃。焼ける痛み――

 その瞬間。

 ――山道。馬の息。砂埃。

「横浜視察――命に代えても急げ」

 次の瞬間。

「攘夷だッ!」

 刃。衝撃。頭を打つ。視界が弾ける。

「逃げろ――隆明(たかあき)ッ!」

(……隆明……?)

 血の匂い。倒れた仲間。

(……俺の、名……)

 記憶が繋がる。目を閉じて、一つ、深呼吸をする。

「……邪魔を、しやがって。今度は――通さねぇ」

 踏み込む。刺突に近い斬撃。鎖骨を抉る。反撃。脇腹の古傷が裂ける。膝が折れそうになる。それでも。

「――オオオオオッ!」

 渾身の袈裟斬り。肉と骨を断つ音。返す刃。胸を薙ぐ。背後から、同心の一人の槍が貫く。最後の浪人が崩れ落ちる。雑魚は一掃された。

 敵を倒したが、名もなき浪人は限界だった。刀を杖に立つ。視界が白く明滅する。壁へ後退し、ずるりと座り込む。冷たい板が心地よい。中央では、最後の死闘が繰り広げられていた。鬼神の形相で斬りかかる首魁。荒々しい太刀筋を繰り出す。秋山与力は冷静。受け、捌き、いなし、返す。互いに深手。血が滴る。捨て身の一撃。秋山与力の肩を裂く。

 だが、倒れない。踏み込む。

(与力殿が最後まで戦っている。俺も、このまま傍観するわけにはいかない)

 そう考え、名もなき浪人は周囲に目を光らせる。すると、不気味に光る物体を見つけた。『雷汞』だ。しかし、名もなき浪人は深手を負っており動けない。彼の近くで戦いを見ていた弥助を呼ぶ。

「弥助殿、弥助殿。私の斜め前方に雷汞と思われる物がございます。私は、このような身体故、弥助殿に処理をお願いしてもよろしいか?」

「ああ、名無し殿。ここは私に任せて、養生してくだされ。」

「かたじけない」

 変わらず、首魁と秋山与力の戦いは続いていた。暫くして、与力が首魁の胴を断つ。刃が腹を貫いた。

「…か…はっ…」

 血を吐く。巨体が崩れた。それと同時に弥助の高らかな叫び声も聞こえる。

「雷汞、確保いたしました。爆発の心配はもうございませぬ。」

 秋山与力が一言、忠告を出す。

「よし。衝撃を与えるな」

 村上与力が呟く。

「……終わったか」

 秋山与力が名もなき浪人の元へ歩み寄る。

「貴様、名は」

「与力殿...先程、記憶を無くしたと申したばかりではないですか...私は国を愛する一介の浪人にすぎませぬ。」

「ああ、確かに聞いた。ただ、お主の目は、戦の中で炎を灯した。それは、記憶を取り戻した証拠ではないのか?」

「流石、与力殿...鋭いですね。私の名は糸林隆明糸林隆明(いとばやしたかあき)と申します。与力殿、手当を…お願いします。」

 秋山与力は目を見開き、やがて苦笑する。

「糸林殿...国を愛する一介の浪人、か。……その剣、確かに憂国の士のそれだった。見事だ」

 振り返る。

「村上!動ける者を集めろ!負傷者を屯所へ運ぶぞ!糸林殿もだ、急げ!医者を呼んでおけ!」

「はっ!」

 慌ただしくなる小屋。同心が腕を回す。体を支えられた瞬間、張り詰めていた糸が切れる。意識が闇へ沈んだ。最後に聞こえたのは――

「死なせるなよ」

 秋山与力の、厳しい声だった。


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