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守る刃、支える算  作者: 麦崎誠
第三章 賊
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第十四話 包囲

 手柄を焦る岡っ引きの報告に、同心たちが色めき立つ。今にも飛びかからんばかりの空気が一行を支配する中、名もなき浪人はただ一人、冷静だった。

 この人数で突入するのは、あまりに無謀。博打だ。敵の人数も、武器も、この古びた作業小屋の構造すら分かっていない。下手に踏み込めば、返り討ちに遭う可能性が高い――いや、それだけでは済まぬ。

(……雷汞が扱われていれば、火が回ればただでは済まぬ)

 湿った木材、閉ざされた空間。逃げ場はない。味方ごと巻き込まれる。

 名もなき浪人は再び与力の側に一歩寄り、周囲に響かぬように、しかし強い意志を込めて囁いた。

「与力殿、お待ちを。中の人数、建物の構造も分からぬまま突入するのは危険です」

 その静かな声は、熱気立った場の空気に冷や水を浴びせた。与力ははっとしたように振り返り、険しい顔で古茶屋を睨みつける。

「……では、どうすると言うのだ。奴らが事を終えて江戸に戻る前に、ここで仕留めねばならんのだぞ」

 声には焦りが滲んでいる。

「まずは周囲を固め、外の見張りを無力化します。その上で逃げ道を断つ。――火を扱っている様子にて、騒げば爆ぜるやもしれませぬ。我々だけで事を急げば、取り逃がすか、あるいは……我々がやられます」

 冷徹な現実を突く言葉だった。

 与力は数秒間、思案する。周囲では岡っ引きの一人が刀の柄に手をかけたまま、小刻みに指を震わせていた。息が荒い。

(……今、誰かが先走れば終いだ)

 やがて与力は重々しく頷いた。

「……浪人、貴様の言う通りだ。分かった」

 程なくして、近くの南町奉行所から応援が来る。名を村上といった。そして、村上与力は5名の岡っ引きを連れていた。異人絡みとあって、南町にも急使が飛んでいたのだろう。村上与力の顔を見て、秋山与力が口を開く。

「村上殿、ご協力、感謝する」

 短く言葉を交わすと、秋山与力は浪人へ目を向ける。

「おい、浪人、これだけの人数で足りるか?」

「はい。これだけいれば十分かと。ただし――合図前に動けば、全てが水泡に帰します」

 与力は一度、強くうなずいた。

「よし、作戦会議を行う。総員、よく聞け!」

 作戦は即決された。四方から包囲し、合図と同時に一斉に踏み込む。各々、持ち場についてその時を待った。

 名もなき浪人は古びた祠の石灯籠の陰に身を潜める。冷たい石。湿った苔の匂い。浅い呼吸。耳が研ぎ澄まされる。床板の軋み。金属の触れ合う音。押し殺した咳。周囲の音に耳を傾けながら、秋山与力が扉を蹴破る合図を待つ。

 誰も、息をしていないかのようだった。そして―

「バキィィィンッ!!」

 扉が爆ぜた。

 秋山与力の視線が、一瞬だけ浪人に向けられる。

 名もなき浪人は、秋山与力の背を追って古茶屋へと飛び込んだ。


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