第十二話 告げ口
名もなき浪人が通されたのは質実剛健な応接室だった。与力の鋭い視線が彼を指す。
「……面を上げい」
沈黙の応酬の後、名もなき浪人は顔を上げる。
「お主、名はなんと申す」
しばしの沈黙の後、名もなき浪人が口を開く。
「……申し訳ございませぬ。私は――己の名すら、覚えておりませぬ。」
「ほう。記憶がない浪士が、異人襲撃の策だけは覚えておると申すか」
瞬時に入れられた問いに、名もなき浪人は一瞬、たじろぐ。しかし、冷静に切り返す。
「覚えておるのではない。聞いたのです。」
「まあ良い、話してみよ。火急の用とはなんだ。」
与力は話を聞く姿勢を見せる。名もなき浪人は告げる。
「仏蘭西士官の暗殺計画にございます」
空気が変わる。
「井土ヶ谷に駐留する仏蘭西の士官。名は、アンリ・カミュ。この計画では『雷汞』が用いられる可能性があります。」
その瞬間、与力の視線が鋭くなる。それと同時に部屋の外で足音が慌ただしく動き出す。
「貴様には、我々と来てもらう。井土ヶ谷へ案内しろ」
名もなき浪人は条件を出す。
「外で待たせている娘が一人おります。……あの者に手出しが及ばぬこと、それだけは約していただきたい」
与力は承諾する。
「その娘、この北町奉行所が責任をもって預かる」
与力は、近くにいた同心に声をかける
「急ぎ支度を整えよ。井土ヶ谷に向かう」
「は。」
こうして、一行は東海道へ向かった。




