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宿命報道#8  ■トップニュースで流れる丸菱疑惑/専務辞任か

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 テレビ局に戻った吉嵜は、丸菱商事の柳本専務とのやりとりを柏木に報告した後、大神とともに補足取材を進めた。


 柳本、幸田、永野の3人とは電話番号とメールアドレスを交換しており、追加で事実関係の確認が必要な時には、大神がメールで質問を送った。工場の概要や面積など基本的なデータについては、幸田が窓口となって、丁寧に答えてくれた。


 情報提供にあった「時系列表」を参考に、栃木県の幹部や県議からも取材を重ね、情報が事実に極めて近いことを確信した。最後に、栃木県知事に取材を申し込んだ。


 知事は「丸菱開発の工場誘致の話はもちろん知っている。県にとっても大いにプラスになることだ。土地区分の見直しは正当な手続きを経て行われたと聞いており、その過程で不正や金銭授受、違法な便宜供与などはあり得ない」と語った。

 「知事の長女が経営する広告会社に現金1500万円が渡った」という疑惑について具体的に聞くと、「よくは知らない。工場誘致とは無関係の取引があり、その代金のはずだが……」と言葉を濁した。長女の会社は何度訪問しても取材拒否だった。

 

 知事の取材をもって補足取材は終わった。

 吉嵜は大神がまとめた原稿を受け取った。新聞記者だけあって、完成度の高い原稿に仕上がっていた。放送用に少しだけ直しを入れた。映像は、工場の予定地、丸菱商事本社ビル、県庁の外観、専務のインタビュー時の表情、投資戦略本部長の汗だくの顔のアップで十分だった。


 ただ、吉嵜はすぐには出稿しなかった。この案件では、ほかの報道機関からの取材は全くないことを柳本や永野から聞いていた。もしあたりがあった場合には、連絡してもらうように頼んでいた。あせる必要はない。国際情勢が緊迫の度を増し、政治資金の使い道をめぐる政治家のスキャンダルが続いていて、ニュースが枯渇している状況でもなかった。


 専務らに会ってから1週間後の13日。柏木が吉嵜の席にやってきた。

 「明日夜はおれがデスク当番や。これといったニュースは今のところない。丸菱商事案件でいこうや」。そう言って吉嵜の肩をもみ始めた。何かを頼む時には必ず肩を揉む。以前は女性記者にも同じようにしていたが、「セクハラだ」と訴えられて、控えるようになった。


 「聞いたで、由希ちゃんから。補足取材はもう終わってるって。知事のコメントもとって原稿も完成しているらしいな」と柏木。

 「大神はそんなことを言ってましたか?」

 「いや、俺の方から聞いたんだ。『そこまでできているのに、なんでニュースで流さんのや』と尋ねたら、『それは吉嵜さんに聞いてください』だと」


 吉嵜が黙っていると、柏木はさらに詰めてきた。

 「まだニュースとして放送するには不安な点があるんか。知事が全面的に認めていないから心配なのか。秋山代議士の公選法違反疑惑の記事出稿を引きずっているのか。詰めが甘いと指摘されたことが気になっているんか?」


 吉嵜ははっきりと言った。

 「違います。秋山代議士の予算委員会の時のケースとは全く違います。大神と追加取材を重ねたことで事実関係に確信がもてましたし、誤報とかで問題になることはありません。ただ、柳本専務があまりにもあっさりと認めたことが気になりました。専務の証言がなにかしらの“誘導”だったとしたら、なんて考えてしまいました。原稿を寝かしている間、なにか見落としがないかをずっと考えてしまい、出稿に踏み切れませんでした」


 「事実確認でやり残したことがないなら、いこうや。勝負しようや」と柏木が言った。


 確かに、漠然とした不安だけで、いつまでも出稿しないですでに完成した原稿を抱えておくわけにもいかない。


 「わかりました。明日、出稿します。今日中に柏木デスクに原稿をお渡ししますのでチェックお願いします。やるからには、スクープなので、どんとトップニュースでお願いしますよ」

 「よっしゃ、任せとけって。由希ちゃんのテレビ報道デビュー戦でもあるしな」。柏木デスクは大神のことをすっかり気に入ってしまっている。


 大神は永野に電話し、「明日夜のニュースで放送する予定」と通告した。協力的な取材先への仁義としての事前連絡だった。

 ニュースが流れれば、丸菱商事広報へ各社からの取材が、時間帯に関係なく殺到するはずだ。それに対応できる態勢の確保、心構えが必要になる。


 柳本からも何度も大神の携帯に電話があり、放送日を探ってきていた。 

 柳本が放送のタイミングを気にしていたのは、社長や他の役員への説明が必要になるからだと思い込んでいた。

 しかし、その裏に別の思惑が潜んでいることを知るのは、さらに後のことだった。

________________________________________


「丸菱商事の工場誘致をめぐる疑惑」は、4月14日午後10時、全日本テレビの看板ニュース番組「ナイトステーション」のトップニュースとして報じられた。


 番組MCの田崎敏昭が開口一番、こう切り出した。

 「丸菱商事の子会社・丸菱開発が宇都宮市で工場を建設するにあたり、土地規制の解除を働きかける目的で、栃木県の幹部に現金を渡したという疑惑です。全日本テレビの取材に対し、工場誘致の陣頭指揮を執ってきた丸菱商事の代表取締役専務執行役員が、大筋で事実を認め、現在、社内に調査チームを設けて詳しく調べていると明らかにしました」


 ニュースのナレーションに続き、柳本の単独インタビューや工場の敷地の映像が流された。贈収賄事件に発展しかねない疑惑を、捜査当局による摘発前に、報じるのは極めて異例だ。現金授受のような水面下の行為は、通常は強制捜査によって初めて明らかになるからだ。


 反響は大きかった。特に柳本のインタビューが5分間にわたり流されたインパクトは強烈だった。


 テレビ局や新聞社はこぞって、「すでに捜査機関が内偵を進めており、全日本テレビは摘発直前の情報を、予告として流したのではないか」と考え、東京地検特捜部、警視庁捜査二課、栃木県警に一斉に取材をかけた。だが、「捜査していない」「事実関係を把握していない」という回答に、記者たちは戸惑い、拍子抜けした。


 夜だったこともあり、丸菱商事の幹部への取材は難航した。記者たちは栃木県知事の自宅に押し掛けた。テレビ局は深夜のニュースで流すことは断念、通信社は県知事と丸菱商事広報からコメントをとった段階で、速報を配信した。新聞各社は翌日の朝刊で一斉に報じた。


 翌15日午前10時から、丸菱商事本社の大会議室で記者会見が開かれた。柳本専務、幸田投資戦略本部長、永野コンプライアンス室長が横一列に並んだ。

 目の前のテーブルには、マイクが所狭しと並べられていた。柳本は疑惑の大筋を認めつつも、詳細については「社外役員を委員長とするチームで調査中」として名言を避けた。

 全日本テレビのニュースでは、内部告発の内容に加えて、追加取材で得られた独自ネタも盛り込まれていた。他社の記者はそれらについても質問したが、専務らから納得のいく回答は得られなかった。

 

 「これでは記事にならないよ」

 焦りからか、記者の中には苛立ちをあらわにする者もいた。


 会見の終盤、柳本専務は「調査の結果がでた段階で、責任を取る」との趣旨の発言をした。すぐさま通信社が「柳本代表取締役専務執行役員が辞任の意向」と速報を打った。


 記者会見の後、各社入り乱れての続報合戦に突入した。ただ、全日本テレビのニュース内容を上回る記事は出せなかった。柳本専務の会見映像は繰り返し流され、隣で汗だくになっていた幸田本部長の姿も何度も映し出された。


 報道合戦はしばらく続いたが、1週間ほどで次第に沈静化していった。捜査当局が仮に着手するとしても相当先になりそうだという見通しを各社がつかんだことが大きかった。


 丸菱商事関連の次の報道は、社内調査チームによる調査結果の発表か、捜査機関が事件として着手したタイミングになるだろう。


 その時は、誰もがそう考えていた。

お読みいただきありがとうございました。

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