宿命報道#7 ■「えっ!」 専務が疑惑認める?/「記事になる」。はしゃぐ大神を吉嵜が叱責
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
4月6日午後1時前、吉嵜と大神は「丸菱商事」本社へ向かった。1階の受付で入館証をもらい、エレベーターで25階の役員フロアーへ。
通された控室で待つこと10分。昨日、大神の取材申し込みに対応したコンプライアンス室長の永野洋子が入ってきた。簡単に挨拶を交わした後、重厚な雰囲気の貴賓室に移動した。革張りのソファに座っていた2人の男が立ち上がった。
柳本専務と投資戦略本部長幸田博だった。柳本専務は長身でがっしりした体格。はっきりした顔立ちで二枚目然としていた。物腰は柔らかく、右手で2人を向かいのソファに座るように導いた。
幸田本部長は対照的に背は低く小太り。顔が丸くて大きく、「ずんぐりむっくり」という表現がぴったりする風貌だった。なぜか額にはすでに汗が噴き出し、ハンカチでしきりに拭っていた。
広報の責任者として同席したのが永野洋子。コンプライアンス室長でありながら、M&Aなど投資部門を専門に扱う投資戦略本部ビジネス企画推進部の主幹も兼務しているという。
吉嵜が事前に調べたところでは、柳本は金沢市出身で学生時代、柔道の選手として国体に出場するほどの実力だった。丸菱商事に入社後は、資源開発のプロジェクトを主に担当し、世界各地を飛び回った。本社に戻ってからは社の将来像を描く経営戦略室を中心に総務、経理部門を経験した。
現在、代表権のある専務取締役執行役員として、経営戦略、新規事業、M&A、投資部門、グループ企業を担当。危機管理案件が発生した時に対応を検討する「危機管理対策委員会」の最高責任者となっている。栃木県知事と大学の同窓ということもあり、工場誘致の交渉に直接乗り出したのではないかとタレコミ文書には書かれていた。
幸田は、技術系の大学院を修了。電力プロジェクトの担当として、アジアやアフリカを舞台に、鋼管販売を手掛けて実績を挙げた。鉄鋼メーカーや海外のパイプライン敷設を担当する各国の関係者との交渉は、ライバル企業も多く熾烈を極めたが、持ち前の粘りで実績を挙げてきた。
実直で正義感が強く、経営戦略室に異動してからは数字に強い点が評価され、投資部門や新規事業の責任者に抜擢された。2年前に投資戦略本部長に就任し、柳本専務を支えてきた。
吉嵜は最初に急な取材申し込みに応じてもらったことに感謝を述べた。これは本音だった。たらい回しされると覚悟していただけに、こんなに早く専務と直接話せることが未だに信じられない気持ちだった。
「大神さんの粘り勝ちですね。根負けしました」と永野が少し笑いながら言った。
「えっ」と問い返しそうになった吉嵜だったが、大神が平然としているのを見てやめた。そして柳本専務に向かって質問を始めた。
「丸菱商事の100%子会社である丸菱開発の工場建設予定地の規制緩和を依頼して、栃木県知事側に現金を贈ったという問題を取材しております。柳本専務が重要な役割を果たしているということで、事実関係について確認をさせていただきたい」。そう言って、情報提供に書かれていた内容について詳しく説明した。
「タレコミ」があったとは言わずに、取材を尽くしたかのように装った。柳本は瞬きもせずじっと聞いていた。
「規制緩和は当初難しいとされていたが、県幹部への働きかけの後の県議会で、議員からの質問に答える形で、県都市開発局長が規制緩和の方向で検討を進めると答弁しました。働きかけの効果があったとみています」。吉嵜が重ねて言うと、柳本が「相当取材されていますね。情報源を伺っても教えてもらえないでしょうが、社内の担当者がリークしたとしか思えないほど詳しい内容です」と話した。
吉嵜は「十分な取材を尽くした結果であり、ニュースにする予定でいます」と力を込めて言った上で、改めて事実関係の確認と、責任者である柳本に対して、丸菱側が現金を渡したねらいをズバリと聞いた。
正直、その回答にはあまり期待はしていなかった。
ところが、柳本は「事実確認については大筋、認めます。責任を感じております。現金の金額、趣旨についてはノーコメントとさせてください」とはっきりとした口調で言った。
(え、え、え……)
吉嵜は思わず声をあげそうになった。小型カメラを抱えていた大神もカメラから目を離し、柳本の顔をしばらく見つめてしまった。2人とも、柳本があっさりと認めたことが驚きだった。否定するとばかり思っていたからだ。あるいは事実かどうかあいまいな表現でごまかすとか。
吉嵜は、専務が大筋を認めたことで、ニュースとして「日の目」を見るという確信を持った。瞬間、ほっとした気持ちになった。
「大筋認めるということですが、どの点を認めるのか詳しく教えていただけますか」
「大筋というのは大筋です」
吉嵜は一つ一つを確認することにした。
「県幹部への働きかけは認められますか」
「それは認めます。働きかけといっても、工場の概要や、県の雇用拡大への貢献について説明を尽くしたということです」
「規制緩和の依頼は?」
「結果として工場が誘致されれば、メリットが大きいということを強調しただけです」
「専務が会って依頼した相手は、県の都市開発局長ということで間違いありませんか」
「それについては現段階では言えません」
「県幹部に現金を手渡したことは間違いありませんか」
「その点はノーコメントです」
「別に1500万円が渡ったとされる知事の親族が経営する会社というのは、知事の長女の方が経営している広告会社ですね」
「その通りです」
「広告会社に1500万円が渡ったことは認めるのですね。金額の名目はどのようにされたのですか?」
「そのことですが、丸菱開発と親族の会社の間で、工場誘致とは別に取引があり、その時の支払いということで問題はないと考えています」
「同時期に取引があったのですか、2社間で」
「同時期かどうかは調べてみないとはっきりとしたことは言えませんが、丸菱開発がこれから栃木県内で打って出ようとしたときに、広告宣伝を依頼したことはあるようです」
「県知事はすべてを承知しているのでしょうか?」
「わかりません。現在、社内で調査中です。そこではっきりしたら全日本テレビさんにはきちんと説明いたします」と柳本が言うと、大神が間髪を容れずに、「社内で調査中なのですか? 社内的にはすでに問題になっているということですか?」と質した。
これには永野が答えた。
「現在、銀行の危機管理を担当しておられる社外取締役の方に責任者となっていただき調査委員会を設置しました。メンバーは、コンプライアンス室長の私と総務本部長、そして法務部長の3名が中心で、すでに関係者へのヒアリングを開始しております」
「委員会はいつ結成されたのですか?」
「4月1日です」
「社内で問題になったというのは、役員会議などでだれかがこの問題を取り上げたのですか?」
永野は柳本を見て、互いにうなずくようなしぐさを交わしながら言った。
「工場誘致に関する話は実は10日前に、社内の内部通報窓口に届けがあったのです。資料が送られてきました。匿名でした。『不正があった』という内容でしたが、現金を送ったということを言っているのでしょう。事実関係の確認が必要になり、コンプライアンス担当役員の判断で調査チームを立ち上げました。その後に大神さんから取材が入ったので大変驚いているところです。内部窓口への通報と同時に全日本テレビさんにも『公益通報』として郵送したのでしょう。通報者は実名を名乗っていましたか?」
逆に質問される格好になり、吉嵜が答えた。
「さきほども言いましたが、どういう形でキャッチしたかは情報源の秘匿であり言えません」。「タレコミ」であることはすでにみえみえだった。
「そうでしょうね。わかります。こちらも内部通報で発覚したということはオフレコということでお願いします」と永野は言った。
「今回明らかになった工場誘致にからむ便宜供与案件はある意味、典型的な汚職の構図です。現金授受の事実が確定すると贈収賄事件に発展しかねないケースでもあり、捜査当局も関心を示すと思います」と吉嵜が言った後、「うちはこの案件をニュースにします。その際、専務が言われた『大筋認めます』と『責任を感じています』というコメントを使わせていただくことになります」と念を押した。
柳本は「ふー」と息を吐きながらいったんは天井を見つめ、しばらく後に、「やむを得ないですね」と言った。幸田はこの間、一言もしゃべらず、メモを取り続けていた。ますます額から汗がしたたり落ち、ハンカチは濡れ雑巾のようになっていた。
取材を終えて帰りのタクシーの後部座席で、大神は「やった、やりましたね。あっさり認めましたね。柳本専務があそこまで言ってくれたら、仮に知事が否定してもニュースはゴーサインですね」とうれしそうに言った。
吉嵜は、大神の少しはしゃいだ感じを諫めた。
「このニュースが流れてみろ、専務は終わりだぞ。警察が本格捜査したら、逮捕もあり得る。ノーコメントや完全否定だったら、裏付けは困難を極めてニュースにできないかもしれない。誠実に対応してくれたのはありがたいが、その後の反響を考えると、申し訳ないという気持ちになる。このギャップにはいつも悩まされるし、心が痛む。君のように、はしゃぐ心境にはなれないね」
大神はすぐに吉嵜の言った意味を理解した。
「すみません。これでニュースになるんだと思い、ついうれしくなってしまいました。確かに専務の誠実な対応には感服します。社風がそうなのか、専務のお人柄なのか」と言った後、声のトーンを少し落として、「それにしても取材がうまくいきすぎですね。取材開始から2日ですよ、まだ。なんだかよくわからないけど、裏があるような気がします」とさらりと言った。
この最後の一言に、吉嵜はぎくっとして、大神の表情をまじまじと見た。
「裏がある」
吉嵜もまったく同じことを考えていたからだった。
お読みいただきありがとうございました。
『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。




