宿命報道#6 ■「はあ! 専務が会うって」/あり得ない。大神はどんな手を使ったんだ
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
丸菱商事に向かった大神記者からの連絡を待つ間、吉嵜は社の資料室で丸菱商事について調べた。
終戦直後に関西で設立された丸菱商事は、政府の後押しを受け、海外市場開拓の先兵として世界を駆け回り、業績を着実に伸ばした。さらに、鉄鋼、食品、石油、木材、産業ガス、電子機器と事業を拡大していった。
バブル経済崩壊後の苦境を乗り越えて、「売買仲介型」を主とした事業形態から、国内外の事業そのものに投資して関わっていく「事業投資型」へ転換をはかりながら成長を続けた。さらに資源・エネルギー分野にも進出し、資源の高騰で巨額の利益を生み出した。2014年、資源価格が下落以降は、国内外の優良企業の買収や、スタートアップやベンチャー企業への長期的な株式投資に力を入れている。特にロボット、AI分野を次世代の主力事業として強化している。
世界に50か所以上の支店、営業所があり、売上高はグループ連結で3兆5000億円を超え、経常利益も2000億円に達し、「5大総合商社」を追い上げるところまできていた。
長年トップに君臨したのが「カリスマ経営者」と呼ばれた桧山重治だ。20年前に社長に就任、リーマンショックを乗り越え、エネルギー部門への進出、海外戦略、投資への巨額資金投入が成功し経営を安定させた。以後、73歳になった3年前、後継に楢崎翔一を据え、自らは会長になった。だが、その翌年に心筋梗塞で急逝。盛大な社葬が執り行われ、総理大臣も含めた政財界の著名人が多く参列した。
吉嵜がデータベースで「丸菱商事」を検索すると、過去の記事がずらりと並んだ。最近の記事の見出しを拾ってみた。
「売上高5兆円を目標に 5か年の中期経営計画固まる」
「楢崎社長、M&Aなど投資部門に積極姿勢 海外投資『NO1』を明言」
「再生エネルギー分野に巨額投資」などのタイトルが並んだ。
記事を追うと、楢崎社長は、桧山路線を継承しつつ、より一層、投資部門、新規事業開発、海外進出に力を入れていく姿勢が読み取れた。
経済部記者で同期の古畑靖にも最近の状況を聞いてみた。
「丸菱商事はこれまでは順調に売り上げを伸ばしてきたが、資源の価格下落の影響をもろにかぶってここ数年、業績は低迷している。ベンチャー企業への投資、新規事業開発に取り組むなど新しいビジネスモデルを模索中。中期経営計画で4兆円の売り上げ達成をぶち上げ、M&Aを活発に展開しているが、事前調査が十分でないままの見切り発車もあって順調とはいえない。商社間競争も激しいし、3年目を迎える楢崎社長の手腕が見ものだな」
宇都宮の工場誘致については「系列の丸菱開発だろ。電機メーカーと提携して新会社を作り、電子部品を製造する工場を建設する。県からは多額の補助金がでる。丸菱が所有していた大規模な空き地が使われることになった。いまの商社は製品づくりの段階から積極的に関与するようになっている」
古畑の説明を聴いている途中で、吉嵜の携帯が振動した。大神からだった。
「丸菱の柳本専務が直接会うと言っています。明日午後1時、日比谷の本社に来てくれと言われました」
「はあ?」。いきなり代表取締役専務に会えるのか――。しかも工場誘致疑惑の核心を握っていると指摘されている人物だ。吉嵜は全く想定していなかった。
通常、表玄関からの取材申し込みがあった場合、社会部からの取材のように、社にとってダメージがあると予想される場合は、「広報が担当します。質問事項を文書にして提出してください。追ってお答えします」というのが、大手企業の広報対応の常道だ。
質問事項が届いたら、広報が社内の担当部署と検討して回答をつくり、記者に伝える。内容の重大性によって、担当役員の承認を得るケースもある。
「調査中ですのでお答えできません」と時間稼ぎをされることも多い。そのまんま、なんの連絡もないこともしょっちゅうだ。
時間をかけて証拠を固めて「近くニュースにします」と最後通告するとようやく「そういった事実は把握しておりません」というコメントが正式なものとして返ってくる。時には、「ご指摘の内容がニュースになるようであれば、法的手段に訴えます」と警告してくることさえある。
吉嵜はそういう応対には慣れていた。その場合を予測して、幹部宅を直接訪ねる「夜回り」とか、知り合いの財界人らに口を利いてもらったりして核心を握る人物に会うなど次の手を考える。
今回もそうなると思い込んでいた。それが柳本専務の直接対応という異例な展開になったことにただ、驚くしかなかった。
「まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。どういう手を使ったんだ」と吉嵜が聞くと、大神は「いえ、別になにも……。丸菱商事受付で取材窓口を聞いて取り次いでもらうと、永野洋子というコンプライアンス室長が玄関ロビーまで降りてきてくれました。広報も担当しているそうです。取材意図を説明したら、『ちょっとここで待っていてほしい』と言われました。20分ほど待つと、永野室長が降りてきて、『明日の午後1時に来てほしい、たまたま柳本専務はこの時間空いていて本社にいます。グループ企業を統括している責任者が柳本で、工場の概要に詳しい者と一緒に説明する』と言われました」
大神のいう通りだと、まったくオーソドックスな取材の申し込みだった。大神は「私自身もこんなに話がとんとん拍子で進むとは思っていませんでした。運がよかったです」と言った。
『運も実力のうち』というが、大神は、なにかを強く引き寄せる力をもっているのではないかと吉嵜は感じた。
吉嵜は、改めて社に寄せられた情報提供の内容を確認した。詳細なレポートで、実務に携わった社員からの内部告発としか考えられない。
社内で声をあげても改善が難しいと判断した人物が、報道機関などに調査を求める「公益通報」をしたのだろうか。あるいはどこにでもある人事抗争の一環で、柳本専務の追い落としをねらったものなのか。
(明日、柳本専務にすべてをぶつけよう)
準備期間もなく、ぶっつけ本番同然のインタビューになる。
改めて資料を最初から読み返していた。
お読みいただきありがとうございました。
『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。




