宿命報道#5 大神記者の力量はどれほど? 代取専務に取材申し込み
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
丸菱商事に関する疑惑の取材について、吉嵜は新聞社から出向してきた大神記者と共に取材にあたることになった。柏木デスクの指示だった。
(いきなり新聞社から来た初対面の記者と組めと言われても……)
吉嵜は、なにごとも強引に進める柏木のやり方に不満を覚えた。だが、今の自分の置かれている立場を考えると何も言えなかった。
「短期決戦」といっても、相手は巨大企業の丸菱商事。取材は難航が予想される。大神記者は横浜総局では特ダネを書きまくって、その名を轟かせたほど優秀らしいが、社会部での経験はない。修羅場をくぐってきたとはいえないのだ。
まずはその力量を見極めなければならない。
「干されちゃったんですか?」
取材の段取りを打ち合わせようと報道局奥の小会議室で2人きりになったとたん、大神がいきなり口にした。好奇心に満ちた目で、吉嵜の顔を斜めから覗き込む。
会ったばかりの先輩記者に対して最初にそれを言うか――。吉嵜はそう思ったが、あまりに屈託がなく、あっけらかんとした口調だったので、「むっ」とするだけ無駄な気がした。
「まあね。記者人生も残り少ない。これが最後の仕事になるかもしれないから、手っ取り早く仕上げたい」とかわそうとした。
それでも大神は「一体なにがあったんですか?」としつこく聞いてくる。
吉嵜は、下島代議士による衆院予算委員会での質疑のニュースが問題となり責任を取ることになった経緯を簡単に説明した。大神は勿論、この予算委員会での質問の騒動を知っていた。そればかりか、3月末までは新聞社の横浜総局員として、秋山代議士の選挙にからむ疑惑を取材しており、内実に相当詳しかった。
「ほう、それは心強いね」と吉嵜。
しばらく、総選挙取材の裏話、秋山代議士の政治姿勢、下島代議士の現状などを話していると1時間が過ぎていた。
その話題が一段落したところで、大神がさらに気になっていたことを聞いてきた。
「『記者人生が残り少ない』と言われていましたが、どういう意味ですか。柏木デスクは『短期決戦』と言われましたが、丸菱商事の疑惑取材は、簡単な取材ではないと思いますが……」
「俺は次の異動で報道局からはずれる可能性が大きい。まだ確定ではないが、お役御免になりそうなんだ。もちろん、丸菱商事の疑惑は簡単な取材ではないが、内部告発で詳細な資料が手に入っている。一から始める必要はないので、手っ取り早くいこうと柏木さんが言ったんだ」と説明すると、「そうだったんですか」と大神はうなずいた後、「でも、この丸菱商事の取材がうまくいけば、異動もなくなるかもしれませんね。頑張りましょう」と続けた。
先輩記者に対して、まったく物おじしない。それどころが励まそうとしている。そんな記者に吉嵜はこれまで会ったことがなかった。
吉嵜は、大神に大手町の丸菱商事本社に直接行って、柳本専務への取材の申し込みをしてくるように指示した。いきなり訪ねても断られることは確実だろう。それでも、断られてからどう粘るか。すぐに帰ってくるのか。そうした対応で、記者としての力量は見えてくる。
「事前に面会の要件を聞かれたら、どこまで言いましょうか」と大神。
「栃木県内での工場誘致をめぐる問題についての取材。便宜をはかってもらう代わりに現金を渡したという疑いがある。専務でないとわからないことが多いので、直接話を伺いたいと伝えてくれ」
取材するのが経済部ではなく社会部記者だとわかれば、不正にからんで厳しく追及されるということは相手側もすぐにピンとくるだろう。
「そこまで手の内を明かしてしまっていいんですか。核心部分じゃないですか」。大神は驚いた。
「いいから」
確かに言い過ぎではある。事前に取材の意図を明かせば、相手は周到に対策を練り、核心部分についての証拠をもみ消されることだってある。
それでも吉嵜は時間がない状況の中で、柳本専務にできるだけ早く会いたいという気持ちが強く、最初からこちらの手の内を明かす作戦で臨むことにした。
それが、思わぬ展開を呼ぶことになる――。
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