宿命報道#4 ■敏腕女性記者が新聞社からやってきた! 「商社疑惑、短期決戦だ」と鬼デスク
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
全日本テレビ報道局社会部デスクの柏木が、「タレコミ」の処理を吉嵜に任せたのは、時間を持て余しているように見えたために「活」を入れる狙いと、ニュースになるかどうかを見抜く「眼力」を見込んでのことだった。
この日、吉嵜に渡された「タレコミ」の束には、いつになく内容の濃い情報が多かった。タレコミは、当事者しか知らない情報がそっくりそのままもたらされる。取材の端緒となる短い情報だけでも貴重だが、通常では表面化しない極秘のデータが含まれていることもある。
一つの価値ある情報提供で、そこまでたどり着くのにかかる膨大な取材時間、金、労力が節約される。内部告発した動機は、義憤にかられたとか、上司に言っても動いてくれないとか、あるいは、ライバルを蹴落とすのが目的のことだってある。
実名の場合も匿名の場合もある。特ダネ記者にとって、動機などはあまり気にしない。提供された情報が事実に近いものであれば価値は高まる。取材の端緒になりさえすれば、あとは、裏取り取材を積み重ねていけばいいだけだ。
吉嵜がこの日チェックしていった内容は、2月の総選挙での選挙違反に関するものが多かった。ウグイス嬢に倍近い報酬を渡したという内容のほか、複数の県議に直接現金を配った政治家の情報も名前入りで寄せられた。
ほかに、企業の脱税に関する告発もあった。著名人の不倫疑惑の告発、闇バイトのアジトに関する情報提供や、ロマンス詐欺の被害申告もあった。
大半が匿名だが、実名での告発も数件あった。
吉嵜はすべての案件にタイトルをつけ、概要を簡潔にまとめて見やすいように表にしていった。残りのタレコミがあとわずかになった時、見慣れた企業名が目の中に飛び込んできた。
「丸菱商事」
売上高で日本のトップ10に入る大手総合商社。名前を知らない人はいない有名企業だ。その100%子会社である「丸菱開発株式会社」が、栃木県宇都宮市内での工場の建設をめぐり、元来建設が難しい場所であることから、土地区分の変更、規制緩和を栃木県知事側に依頼。変更が実現し、工場建設が可能になった謝礼の意味合いで、県の幹部に現金が渡ったほか、知事の親族が経営する会社にも1500万円が渡ったという内容だった。
丸菱開発の案件だが、親会社の丸菱商事の柳本浩二・代表取締役専務執行役員が責任者として動いており、県知事側との交渉の窓口になったと記されている。匿名による情報提供、まさに「公益通報」だった。
登場人物の関係図、日時付きの時系列表まで添えられ、登場人物も実名だった。吉嵜は、資料を読み込みながら、これまでの経験からくる「読み」で、記載された内容は事実であると確信した。
だが、ニュースとして放送するには、当事者が認めなければならない。否定した場合は、真実と認められるだけの確かな証拠を集めることが必要になってくる。時系列表、関係図が本物であることが確認されれば、裏付ける証拠に十分なりえるのだが、少しでも誤りがあると、逆に致命傷になりかねない。
吉嵜は、「丸菱商事」案件も含めた情報提供すべてを表にまとめて、夕方、柏木デスクに報告書として提出した。
「確かに取材の端緒になるものがいくつかありました。その中で、じっくりと腰を据えてやればスクープに結びつきそうなものが何件かありましたね」
柏木は「うん、うん」とうなずきながら吉嵜の説明を聞いていた。集中したときの寄り付きがたい雰囲気を漂わせ、鋭い目は報告書の一字一句を追っていた。すべてに目を通した後に吉嵜を見て言った。
「それでお前はどれをやるんだ」
「ほとぼりもさめていない今の立場でやらせてもらっていいんですか?」
「かまわん。統括キャップの職ははずれても、まだ社会部員だ。取材するのになんの問題もないだろう」
「やらせてもらえるのなら、丸菱商事です。不正の内容が詳細に書かれている。信ぴょう性が高いと言っていい。私の場合、取材にじっくりと時間をかける余裕もなさそうだし。ずばり責任者にあてて、感触がよければゴー。否定されたら没。当たって砕けろでいったらいいと思うのですが」
「丸菱ほどの企業にしては、宇都宮市の工場誘致案件ってちゃちくないか。都心の大規模開発とか、六本木の商業ビル建設にもかかわっているし、海外でも大規模な資源開発を積極的にてがけて話題になっている。取材する手ごたえのあるネタはほかにいっぱいありそうだけどな」
「その点は、私も気になっているところです。丸菱商事案件で、もっと巨大プロジェクトにからむ疑惑についての内部告発があれば、そっちに飛びつくし、とっくにやっていますよ。でも今はこの情報しかない。代表取締役専務執行役員が責任者というのも気になります。この案件でも固めれば十分、反響のある内容だと思うし、これを突破口にすれば別の案件についての情報が集まってくるかもしれません」
「よっしゃ、吉嵜、お前に任せる。ほかのタレコミ案件もおいしそうなものがいっぱいだが、俺が精査して別の記者にやらせる」
柏木が方針を決めると同時に、吉嵜は「じゃあ、私はこれで」と言ってその場を立ち去ろうとした。
すると、柏木は「ちょっと待て」と引き留め、報道局の奥の方、遊軍記者のたまり場に向かって「おーい。オオガミー、ユキちゃーん」と大声で呼びかけた。
「はーい」
甲高いよく通る声が響いたと思うと、髪の長い、きりっとした顔立ちの女性が立ち上がった。吉嵜は初めて見る顔だった。どこか東南アジア系のエキゾチックな雰囲気を漂わせていた。
「ちょっと来てくれないか」と柏木が言うと、女性はすぐに2人に近づいてきた。
「こちら大神由希さん。朝夕デジタル新聞の社会部記者で4月1日から研修出向で、報道局に来てもらった」と吉嵜に紹介した。
大神は新聞記者になって4年目の25歳。朝夕デジタル新聞社に入社後、横浜総局を経てこの4月1日付で社会部に配属された。横浜総局員の時からテレビ局の取材、とくにインパクトのある動画撮影の在り方に強い関心を持つようになり、できればテレビ局に出向してみたいと考え、総局長に提出する「異動希望」の備考欄に「テレビ局への出向希望」と書いた。
総局時代、全国的に反響を呼んだ特ダネを連発して、その能力と積極性は東京本社でも注目された存在だった。社会部だけでなく、政治部、経済部、外報部などの各部長も目をかけていて、自分の部へ来るように編集局の人事担当や人事局に「圧力」をかけていた。テレビ局出向という希望があることもみな知っていて、大議論になっていた。
そして、編集局長による決定で4月1日付で社会部員になり、同時に、全日本テレビ報道局にやってきた。全日本テレビと朝夕デジタル新聞社は互いに株を持ち合う系列で、一線の記者を原則2年で「出向」させあう人事交流もスタートされることが決まった。
「テレビ局の報道、動画の撮り方などいろいろなことを学びたいということできてもらった。ドキュメンタリーにも関心を持っている」
柏木はすでに昨夜の懇親会で酒を酌み交わし、大神記者についての情報収集を終えていた。
「よろしくお願いします」。大神は瞬間、強く探るような瞳で吉嵜を見つめた後、一転して柔和な笑みを浮かべて頭を下げた。
「こっちは吉嵜。まあ、37歳のテレビ局ではなんでもござれのベテラン記者だ。かつてのわが社のエース。今は訳あって干されちまっている」
「誤解しか生まない紹介の仕方ですね」。吉嵜は抗議の意を示した。
「吉嵜さんのことは、新聞社の先輩から聞いています。こだわりの強い芯の通った方だと。お会いできてうれしいです。いろいろと教えてください」
「こだわりの強さがいい方に向けば言うことないのだが、曲がりくねって脱線も多くてな」と柏木。
吉嵜が再び何かを言おうしたが、柏木はそれを無視して2人に向かって言った。
「丸菱商事グループの汚職疑惑、コンビでやってくれ。短期決戦だ!」
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