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宿命報道#3 ■「リスト」は捏造?/記事出稿は「フライング」なのか

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 今国会では、緊張する国際情勢への対応、AIの軍事・監視利用の制限、人口減少・移民政策、気候変動、憲法改正に向けた国民投票法改正案の審議が大きな焦点だったが、一方で組閣されたばかりの新大臣ら有力政治家の不祥事発覚も相次ぎ、野党からは政治腐敗についての追及が連日、繰り広げられていた。


 与党・民自党幹事長代行である秋山啓介代議士による2月にあった総選挙での公職選挙法違反疑惑もそのひとつだった。

 5期目を目指した秋山代議士の陣営が、地元横浜の市役所に保管されていた選挙人名簿を基に作成されたとされる「有権者個人データ」を入手し、選挙活動に利用していたというのだ。


 この疑惑は、地元新聞社が最初に取り上げた。もともと「票を金で買っている」と噂され、黒い影が付きまとう政界の実力者だけに世間の注目を集めた。全日本テレビも社会部と、横浜総局を中心にキャンペーンを張り連日、ニュースで取り上げた。

 そのリーダー役が社会部統括キャップの吉嵜だった。


 野党第一党である立憲民政党の若手代議士で、秋山と同じ神奈川選挙区選出の下島勇樹が、国会の衆院予算委員会で質問に立つことになり、この問題を追及する姿勢を見せていた。


 2月の総選挙の小選挙区で、秋山と下島は事実上一騎打ちだったが、結果は秋山が僅差で当選、下島は比例で復活した。予算委員会で質問に立った下島は、「有権者個人データ」とは別に、市役所職員が作成したとされる「政党別支持者リスト」を独自に入手したと主張。総理大臣ら閣僚にリストのコピーをその場で配布し、法務大臣に答弁を求めた。


 郊外に広がるニュータウンに住む有権者1000人の支持政党が書かれたリストを、秋山陣営が選挙対策に利用したという新たな疑惑だった。質問の予告通知なしで下島代議士がぶち上げたので、議場は騒然となった。


 「そのようなリストが存在するとは考えられないことです。真偽のほども含めて調査しないとわかりません」と総務大臣。法務大臣も「法律に違反するかどうかはわからない。事実関係を早急に調査する」と答弁した。


 「秋山氏の選挙事務所で主体的に動いていた人物からの提供なので間違いない。公選法など様々な法律に違反しているのは明らかだ。政府はそれでも『知らぬ、存ぜぬ』を貫くのか」と舌鋒するどく追及すると、総務大臣は「もし仮にご指摘の通りだとすると、ゆゆしき事態であると言わざるをえない」と述べた。


 しかし、この「政党別支持者リスト」が、捏造されたものであることが判明するのに時間はかからなかった。横浜市で確認作業が行われた結果、リストに記載された人物の多くが実在しなかった。リストには、「架空」の名前が記入されていたのだった。


 午後4時には総務省と横浜市役所が「捏造された文書である」と公式に断定した。立憲民政党の代表が衆議院議長に謝罪し、記者会見を開いて深々と頭を下げた。


 質問前に立憲民政党が党としてリストが本物かどうか精査すべきだったが、若手の論客として将来を嘱望されていた下島がリスト入手先を秘匿した上で、「間違いのない筋からの情報」と言い張ったので、チェックが甘くなったという説明だった。下島に対する批判は、各方面でわきあがり、ネットでも大炎上した。


 この時の予算委員会での質疑を昼の全国ニュースに速報として流したのは、全日本テレビだけだった。吉嵜は下島からも取材を重ねていて、予算委員会当日に新たなリストをかかげて質問するという情報を事前につかんでいた。


 昼のニュースに「速報」の形で突っ込むように短い予定稿を準備。法務大臣が「早急に調査する」と答弁したことを確認してゴーサインを出したのだ。


 質問をするということは聞いていても、リストの具体的な内容までは下島から教えてもらっていなかった。焦らず、夕方のニュースに回していれば防げた失態だった。


 報道局内では、予算委員会という場で野党代議士が質問したことは事実なので、「誤報」とはいえないのではないかという声もあがった。

 リストが捏造されたものであると判明し、立憲民政党の代表が謝罪したこともすぐに報じたので、報道機関としての責務は果たしたとの主張だった。社会部筆頭デスクの柏木もそう主張して、吉嵜をかばった。


 だが、民自党から幹事長名での厳重な抗議を受け、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会も審議に入ることになった。


 報道経験のない社の経営陣からは「懲戒処分ものだ」と、報道局の責任を追及する声があがった。

 結局、この疑惑取材のキャンペーンの責任者だった吉嵜が、当日の出稿責任をとる形で、統括キャップを退くことになった。


 懲戒処分については、報道担当役員の反対で見送られ、当番デスクは局長会に招集されていたので、やむを得ない事情だったとして、局長からの厳重注意にとどまった。


 吉嵜は翌日からは内勤の記者となった。実質的な「電話番」で、退屈な日々を送ることになった。2週間後に発表される春の定期人事異動(6月1日付)でも、他局への異動候補にあがっているという噂がすでに駆け巡っていた。報道局勤務が長すぎるので、別の局を経験させて、テレビ局全体のことを学ぶべきであるというのが表向きの理由だった。


 秋山代議士の公職選挙法違反疑惑はその後も、地元も含めた報道機関は取材を続けたが力がはいらず、新たな重大証拠が飛び出すこともなく、国会での論戦とはならなかった。

 

 横浜市議会では、野党が百条委員会の設置を要求したが、市長が「横浜市役所は秋山代議士の選挙には一切関与していない」と議会で答弁。追及する材料が乏しく、収束の方向に向かっていった。


 下島代議士の「オウンゴール」が、疑惑解明にブレーキをかける格好となった。


お読みいただきありがとうございました。

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