宿命報道#9 ■吉嵜は人事局教育担当課長へ異動/「必ず戻ってこい」と鬼デスク/「寂しいです」と大神
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
丸菱商事疑惑についての最初のニュースが流れてから10日経った4月24日。
全日本テレビで6月1日付の人事異動が発表された。報道局では吉嵜記者が異動するのかどうかが大きな関心事だった。
丸菱開発の工場誘致をめぐるスクープは、吉嵜のニュースセンスがあって日の目を見たといってもよかった。内部告発で詳細な資料が目の前に並べられたとしても、それをどう料理して、ニュースとして仕上げるかは記者の腕にかかっている。
ニュースバリューや取材時間、取材費、当事者に当たるタイミング、視聴者や読者の関心度、視聴率はどれぐらいとれるか……
そのへんの「ころあい」を見極め、確実に成果を挙げる記者には、「センスがいい」とか「嗅覚が鋭い」といった最大級の賛辞が贈られる。吉嵜はまさにその1人だと、報道局の誰もが認めていた。
他局と「ニュース戦争」で勝ち抜くには、今の報道局では、吉嵜の存在が欠かせないのは明らかで、丸菱商事のスクープもあり、6月1日付の異動は見送られるのではないか、と局内では噂されていた。
しかし、全社員宛に社内ネットに流された異動リストには、吉嵜の名前があった。報道局の強い残留要請に対して、営業局幹部らが強く反発。役員全員で組織され、異動案について最終チェックをする場である人員配置検討委員会でも、その人事が取り上げられ、営業担当役員が「報道一筋では偏屈になる。スポンサーあってのテレビ局であることを理解していないところがある。いろいろな部署を経験して幅を広げることが、後のキャリアにとって重要になる」と発言。報道担当役員は押し切られる形となった。
吉嵜の新しい職場は、人事局の教育担当課長。新人から若手、中堅までの研修を担うとともに、大学との連携を強化する目的で2年前に発足した「大学・教育プロジェクト」の事務局長にも任命された。
このプロジェクトでは、3つの大学の講義も担当する。大学生ら若者のテレビ離れが進んでいると言われて久しい。一人暮らしの学生が新聞を取らないと言われたのがバブル期。この10年間で、部屋にテレビを置かない学生が急増した。スマホの通信料やゲームの課金代の負担が重く、国営放送の受信料を払うならテレビを置かない――そんな選択をする学生が増えてきた。
放送局としては、大学と積極的に関わりをもつことで、学生にテレビ業界への理解を深めてもらい、番組をより身近に感じてもらおうというねらいがある。優秀な学生探しもできる。さらに企業との連携を重視し始めた大学とタイアップし、資金を出し合ってイベントを展開できるメリットも大きい。
今回の人事異動で報道局を離れることが決まり、吉嵜の胸には、なんともいえない空虚感が広がった。
報道に携わることは、もうないのだろうか。
入社して15年。好き勝手にやらせてもらったと思っている。伝統に支えられた組織ジャーナリズムの一員として、民主主義を守り、権力の腐敗に立ち向かっていく意味合いは重いと感じていた。
「視聴者からの委託を受けて取材している」という謙虚な気持ちを持ちつつ、誰にでも取材できる「特権」を与えられたからには、日々の出来事を追いながら、権力を監視する。それこそが記者の使命だと信じて、日々、過ごしてきた。
公式発表に頼らず、独自に取材を進めていく調査報道には特に強い関心を持っていた。「吉嵜潤という記者がこの世に存在していなければ、決して公にならなかった巨悪の不正、悪事を暴いていく」。そんな自負心を持って、疑惑キャンペーンに挑んできた。実を結んだ時の充実感は何者にも代えがたかった。
だが、そういう働きが継続的にできたかというと、全くお粗末で、満足のいく実績を残せていないのも事実だ。かといって、報道局を離れるからといって、放送局を辞め、フリーの記者となりジャーナリズムを体現できるかというと、そんなに甘い世界ではない。
「全日本テレビ報道局社会部記者」の名刺があってこそ、これまで幾多の困難な取材が可能だったのであり、フリーで活躍できるほどの実力はまだ身についていないことも自覚していた。
「しばらくは報道以外のこと、会社の仕組みや経営について学んで来い。数年後にはまた報道に戻ってこい。そして全日本テレビの報道、いや日本のジャーナリズムを支える存在になってくれ」
柏木デスクの言葉が胸に染みた。
「短い時間でしたが、いろいろと教えていただきありがとうございました。先輩の背中を見ているだけで、とても勉強になりました。本当に寂しいです」。報道局を去る最後に日に、大神に言われた。
(記者になるために生まれてきたような鋭敏な感覚を持つ大神由希と組んだら、もっとどでかい仕事ができたのではないか――)
そう思うと、急に無念の感情がこみ上げてきたのだった。
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