宿命報道#73 永野、嫌疑不十分で不起訴に/「内部通報窓口に重大が不備」第三者委員会/新社長は井原、多難な船出
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
8月。丸菱商事投資戦略本部長殺人事件は、柳本(元専務)のほか、楢崎(元社長)、秋山代議士、葉山(羽谷組若頭)、高木(羽谷組員)の5人が起訴された。永野は嫌疑不十分で不起訴となった。
楢崎社長銃撃事件は、秋山と葉山が計画した殺人未遂事件として立件された。
行方不明だった柳本が現れて逮捕されても、楢崎社長を殺してしまえば秋山にはつながることはない。そうした思惑で秋山から羽谷組に持ちかけた犯行だった。鏑木警部補は、銃撃事件は羽谷組長こそが主犯と見ていたが、葉山が「すべて自分だけで計画した」と供述。組長の逮捕は見送られた。ヒットマンの組員は後日、出頭してきた。
本部長殺人の動機についての捜査で、丸菱商事の巨額な損失隠しや隠蔽が次々に判明。証券取引等監視委員会が立入検査を実施し、数年にわたる有価証券報告書の虚偽記載の事実を突き止めた。金融商品取引法違反での摘発は、時間の問題だった。
丸菱商事社内の第三者委員会は中間報告をまとめ、報道陣に公開された。
内容は、①リバイバル(R)・プロジェクトの実態②逮捕された経営陣の犯罪的行為③マディ社の告発④暴力団の介入⑤政治家との癒着⑥内部通報制度の問題点――の6項目で構成され、それぞれ詳しく説明されていた。
「R・プロジェクト」については複雑で解明に時間がかかるとしたが、中間報告だけでも最も長いページが割かれた。亡くなったワンマンの前会長が巨額損失の隠蔽を指示したことから始まり、当時専務だった楢崎が指揮をとった。社長在任が長期に及び、トップであり続けることが当然となった緊張感の欠如から生まれた、悪質な不正スキームだった。
企業不祥事が相次いだことで、監査法人によるチェックは年々厳しくなっていた。そのため、監視が緩くなりがちな複数の海外ファンドが利用された。いずれも丸菱商事が裏で関与して組成したもので、不正スキームの実行部隊は、証券会社や銀行の退職者が設立したコンサルタント会社だった。
この偽装ファンドに多額の含み損を抱えた案件を簿価で買い取らせて、損失計上を先送りし、M&Aの対象企業を破格の高値で買い取らせて、多額の資金を還流させる手口で簿外債務を補填していた。
さらに、複数のデリバティブ取引に余剰資金を投入、海外で買収した企業に新規事業を興させて損失分の回収を図ったが、この現金回収策はことごとく失敗。Rプロジェクトは5年目の今年、破綻した。
悪質なのは、コンサルタント会社に支払う「口止め料」も含まれた多額の報酬の一部を現金でキックバックさせ、社長室の金庫に納めていたことだ。コンサルの幹部が4か月に一度、現金をスーツケースに入れて社長室に運び込んでいた。
それは、代表取締役が自由に使える裏金だった。警視庁による家宅捜索で、金庫から1億3400万円が見つかった。桧山、楢崎は政界工作資金に使っただけでなく、自宅の改築資金や別荘購入に流用するなど、私腹を肥やしていたことも明らかになった。
第三者委員会の田辺委員長(元最高検検事)は記者会見で語った。
「桧山氏による独裁的な経営が続き、チェック態勢が無力化していた。トップの甚だしい倫理観の欠如が招いた惨事である。行き過ぎた『当期利益至上主義』のもと、コンプライアンスが軽視された」
M&Aと投資部門を中心に損失の補填がなされたが、社内で聖域扱いされ、担当以外は口をはさめなかった。その責任者こそ楢崎、柳本だ。不正が見逃されてきた温床はそこにある。ほかの役員や監査役は『これほど悪質だとは知らなかった』と証言しているが、黙認していた責任は重い。全く知らなかったという役員も、怠慢以外の何ものでもない、と田辺は断じた。
副委員長を務めた桐山弁護士は、「ガバナンス強化という小手先の法や規定の改正では限界がある。株の持ち合いでなれ合いになっている日本の株式会社の在り方そのものを見直していく必要がある」とし、こう続けた。
「内部通報窓口の責任者が、投資部門の業務も兼務していた。窓口として重大な不備があった。ただ一人、抵抗したのが幸田さんだったが、その叫びはもみ消され、命を落とした。丸菱商事が特別な事案では決してない。大手企業や組織でも、公益通報者を特定し、処分しようとする幹部がいる。すべての企業がこの事件を教訓とするべきだ」
委員の1人で、犯罪心理学が専門の大学教授、半沢勲は言う。
「一言で言えば、『人間性弱説』を象徴する事件だ。人間も企業もミスや失敗は避けられない。その時の責任の取り方でその後の立ち直りに影響が出てくる。隠蔽やごまかしに走れば、必ず弱みが生じる。そこを反社会的勢力に付け込まれた。丸菱商事という世界でも知られた大企業だけに、資金源の確保がなかなかできにくくなっている暴力団にとって格好の餌食だった。今回は報道機関の調査報道で問題の本筋が浮き彫りになったが、そうでなければ、闇の勢力に食いつぶされて、立ち直りは不可能な状態になっていたかもしれない」と言い切った。
中間報告は不正の元凶を深く抉り出していたが、最終報告がまとまるのは年を越す見通しとなった。
8月末、丸菱商事は株主総会を開いた。コンプライアンス・広報担当の取締役の井原が代表取締役社長に就任。社外取締役だった内波竜馬が三友銀行副頭取を退任して、丸菱商事の副社長に就いた。営業担当の常務取締役だった小山田が専務取締役に昇格。多くの若手が執行役員に抜擢され、新体制が発足した。
経理担当の高藤のほか、経営企画担当役員、前経理担当だった相談役、監査役ら5人が総退陣した。
井原新社長は、楢崎、柳本両被告を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起する方針を固めた。
桧山、楢崎体制下での不正でずさんな経営の傷跡はあまりにも深く、新体制は多難な船出となった。
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