宿命報道#74 エピローグ ■宿命を超えて――調査報道の新章へ/「また、最強コンビでスクープを」とデスク
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
街の書店には、「丸菱本」が並んだ。ベストセラーの棚には、「丸菱商事の崩壊 100日間の暗闘」「トップ暴走の軌跡 丸菱商事」の帯が目立っていた。
築地署の鏑木警部補は、丸菱商事の関係者が次々に起訴されていく様子を、刑事課のテレビモニターでぼんやりと見ていた。事件発生後はほとんど休みを取っていなかった。
「少しは休めるかな。かみさんと温泉でも行くか」
ようやく一息つけると思った次の瞬間、ドアがけたたましい音を立てて開き、山本巡査部長が飛び込んできた。
「汐留で変死体です」
「身元は」
「弁護士です。自宅マンションの一室で死亡。胸に刺し傷があり、殺人と思われます」
「わかった。現場に向かおう」
鏑木は言った。すでに温泉旅行をあきらめていた。
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「スピード・アップ社」は、丸菱商事の事件報道を重点的に展開してきた。
特に専務の行方を追いかけて、発見にまで至ったことが社内外で高く評価された。社員を増やし、これまで以上に調査報道に力を入れていく方針を公表した。
河野進・取締役編集本部長は「社長賞」を受賞し、5万円の特別ボーナスを手にした。大神由希と2人で食事をしたときに、「社長賞」と書かれた大きな封筒を大神に渡した。
「君のおかげだ」。受賞を喜ぶ大神に向かって続けた。
「僕と結婚してくれ」
しかし、あっさり断られてしまった。ショックは大きかったが、断った理由を聞くと「時期尚早」の一言だった。
「ということは、時期がくればOKということだ」と前向きに考えることにした。
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全日本テレビでは、藤本報道局長は異動で飛ばされ、社会部長の川本が後任の局長に昇進した。
吉嵜は報道局への応援取材を終え、人事局に戻った。武蔵女子大など複数の大学での講義を担当し、メディアの現状と課題について語っている。最近のテーマは「テレビ局の調査報道の歴史と今」。
学生の間でも、丸菱商事事件は関心が高く、その取材に携わった吉嵜による講義は人気だった。丸菱商事事件の経過と、テレビ、新聞、インターネットがそれぞれ果たした役割について話した。ニュースや特番の映像をふんだんに使いながら語った。
特に反響が大きかったのは、専務の居場所を突き止めた場面だ。「スピード・アップ社」についての質問が多かった。次の講義では、河野・取締役編集本部長にも特別講師として来てもらおうか、と考えている。
今起きている出来事を題材にすると、学生が集まってくる。この講座を取っていない学生までが聞きに来て、熱心にメモをとっていた。
吉嵜は、発表された丸菱商事の新体制人事を眺めながら、複雑な思いに沈んだ。
新社長に就任したのは、コンプライアンス担当役員だった井原だった。「まさか」と思った。
永野洋子と最後に話したとき、工場誘致をめぐる内部通報者が誰かという話題になった。
「新しく社長になる人物よ。あれは正義の告発なんかではなかった。人事抗争の道具だった」と永野は言い切った。
井原は決断力に欠け、リーダーには向いていないように見られていた。権力欲のかけらも見せない男だった。だが、その裏で、社外取締役と結託し、現経営陣を覆そうと密かに動いていたのだ。
(内部通報さえ権力闘争の一手段なのか)
吉嵜は、人間の業の深さを思い知らされた。
柏木デスクは新たな特ダネ探しのため、報道局内をうろうろしていた。
「スクープネタはないのか」
相変わらず記者をつかまえて話しかけていた。
吉嵜がたまに報道局に顔を出した時には、段ボール箱を抱えてやってくる。
「吉嵜、丸菱商事の件でわかっただろう。このタレコミの山には宝物が眠っているんだ。チェックして今日中に報告書をまとめておけ」
「私がですか? 大学の講義と新人育成で忙しいんですよ、今」
吉嵜が苦笑いしながら抗議すると、柏木は言った。
「なにを言っている。お前はまた報道局に戻ってくるんだろう。手伝え。タレコミの処理は引き続きお前の担当だ」
そう言った後、吉嵜の肩をもみ始めた。
「なあ、また、やろうや――調査報道。由希ちゃんと一緒に」
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大神は、亡くなった幸田本部長の三鷹の家を訪ねた。妻の晴美と長女が出迎えてくれた。
晴美は夫を殺した犯人が、上司の柳本専務だったということに大層驚いていた。
「信じられません。夫がずっと信頼していた方なのに……」
大神が、丸菱商事の役員が不正を続ける社長の方針に盲目的に従っていた中、幸田本部長だけが「おかしい、問題だ」と筋を曲げずに反対していたことを伝えると、「あの人らしいです」と涙をこぼした。
長女の咲希は高校2年生。テニスに打ち込み、間もなく開かれる三鷹市大会の上位入賞を目指している。ラケットの裏には、父親の小さな顔写真が貼られていた。
長男は来年が高校受験。希望は、父親の母校の進学校。仏前で「必ず受かるから」と毎日手を合わせている。
大神は今、総選挙に立候補するのに金がかかるという実態を取材している。当選するのに億単位の現金を用意しなければならないというのは本当なのか? そして代議士になると報酬以外の副収入で選挙でかかった費用を回収するともいわれている。
その実態をつかむため、具体的な事例、情報を集めている。
「令和の錬金術」というタイトルで30分のドキュメンタリーとして放送されることが決まり、取材と編集に明け暮れていた。
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朝夕デジタル新聞社。
社会部長が編集局長室に飛び込んできた。
「テレビ局に出向中の大神由希を、すぐに戻してください!」
編集局長に直談判した。
「出向は2年間という約束だろう。まだ一年もたっていない。急に戻せと言われてもな。テレビ局がなんというか。一体、どうしたんだ。何があったんだ」
編集局長が困った顔をした。
朝夕デジタル新聞社編集局は今後も、調査報道をリードしていくメディアとして、テレビ、ネットとの連携を一層強化し、「スーパージャーナリスト」の育成方針を打ち出した。社会部を中心に専門チームをつくり、海外の主要なメディア、調査報道に取り組むNPOとも緊密に連携を強めていく。
「新聞の生き残りをかけて、調査報道班を再構築します。中心になる記者が必要なんです。それが大神です。丸菱商事の一連の事件は、全日本テレビの圧勝でした。その一翼を担ったのが大神です。もう十分でしょう、すぐに戻してください。ここだけの話ですが、大神がいなければ、また負けますよ。それでもいいんですか?」
半年前、大神がテレビ局に出向することについて、悠然と構えていた社会部長の姿は、もうなかった。
大神をいつ新聞社に戻すのか。しばらく、新聞とテレビで引っ張り合いのようなけんかが続いた。
一方、平穏な日常が続いているように見えた社会の水面下では、民主主義そのものを脅かす謎の組織が、著名な人物の殺害を繰り返す不気味な事件が進行していた。
新たな「巨大スキャンダル」に立ち向かう大神や仲間たちの「調査報道」が、再び始動する。
(了)
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近未来を舞台にした小説「宿命報道」の連載は、完結しました。
2025年9月1日から毎日更新で、全9章74話でした。
総合商社幹部の不可解な死をめぐり、明るみになっていく企業の不正。隠蔽体質に反社会的勢力が侵食を企て、有力政治家が暗躍する。謎の女の正体は……。
敏腕刑事が事件を追う中、テレビ局のベテラン記者吉嵜潤と、新聞社から出向してきた敏腕記者大神由希は幾度も壁に阻まれながら、真相究明を目指して取材に走り回った。
調査報道とはなにか、報道の使命とは。厳しい時代に突入したメディアの現状を描きながら、事件取材に明け暮れる放送、新聞、ネットの記者たちの群像劇。推理とサスペンスを織り交ぜた報道活劇でした。
長期間にわたり読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦でした。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」へと続きます。「極限報道」の数年後の舞台が、軍事独裁を目指す最凶権力と対峙した「暗黒報道」です。 (「極限報道」と「暗黒報道」は公開済みです)
大神由希記者と仲間たちの物語は、これからも続いていきます。
今後ともよろしくお願いします。
2025年11月13日 緒方 謙
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