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宿命報道#71 永野洋子からの電話/吉嵜がホテルに向かう/「反社を使いこなせばいい」と永野

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。


(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 全日本テレビ報道局のデスクで原稿を書いていた吉嵜のスマホが震えた。画面を見ると、永野洋子からだった。


 大声が飛び交う喧噪の報道局を出て、廊下で話した。


 「吉嵜さん、今から会えませんか?」

 「永野さん、今どこですか」

 「今は銀座です。テレビ局の近くです。お伝えしたいことがありまして。電話ではどうも言いにくいことばかりなので」

 「わかりました。すぐに行きます」


 永野は今、最優先の取材先だ。しかも容易に会える相手ではない。

 その永野の方から「会いたい」と言ってきた。この好機を逃すわけにはいかない。


 吉嵜は書きかけの原稿を統括デスクの米田に任せ、社を飛び出した。


 ホテルのバーラウンジに行くと、永野がすでにワインを飲んでくつろいでいた。会社で会った時の知的な凛々しい姿とは全く違い、長い髪をなびかせて妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 

 吉嵜はウーロン茶を注文した。


 「お呼びだてしてすみません。こちらはすでに何杯も飲んでいい気分になっていました。原稿書いていて忙しかったのでは? それとも取材?」

 「永野さんこそ相変わらず忙しいのでは。こちらは今、一番お話を伺いたいのは永野さんですから、声をかけていただいたからには何をおいても駆け付けますよ」

 「実は今日、コンプライアンス担当役員の井原さんに辞表を出してきました。丸菱商事を退社します」

 「えっ、なぜ、辞めるのですか。この前は投資業務に専念すると言われていたではないですか」と吉嵜は驚いた。


 「殺人事件に関与したとなれば、この会社にいられないわよね。丸菱商事は働きがいのある、とても大好きな会社だったけど残念だわ」

 「『殺人事件に関与した』と今言われましたか。どう関与したのか、聞かせてください」


 永野は、幸田が殺された直後に社長から電話があったこと、幸田のマンションの前で高木と落ち合い高性能の録音機能のついた自分のスマホを手渡してアリバイ工作に加担したこと、葉山若頭との関係、鏑木からの取り調べを受けたことなど淡々と話した。


 「やはり葉山若頭とはお知り合いだったのですね」

 「この前は『知らない』と言いました。あれは嘘でした。嘘をついたままでは後味が悪いですからね。そのことを言おうと思って今日来てもらいました。吉嵜さんが羽谷組の事務所に直接行った後、葉山からメールが来ました。『吉嵜という記者から取材の申し込みがあった。テレビ記者の取材は初めてだ。吉嵜を知っているか』と。『優秀な記者だ』と書いておいたわ。『とてもしつこい』とも付け加えたけど。葉山は『取材なんて受けるつもりはない』と書いてあったから、『真正面から話を聞こうという姿勢は評価できるのでは。背中から斬るような卑怯な記者ではないから取材を受けてみたら』とも書きました」


 「それで会えたのですね。ありがとうございました」

 「でもあの時、大神さんが大変なことになったでしょ。やはり会わなかった方がよかったのでは」

 「いや、あれは取材の姿勢、仕方の問題です。私の責任です。懲戒処分を受けました」と言った後、聞きたかったことを尋ねた。


 「永野さんは幸田さんのマンションの部屋には入ったのですか?」

 「鏑木さんにも同じように追及を受けました。そんな怖いところに女が入れません」

 「もう嘘はつかないのではなかったのですか」

 「ついていい嘘と、そうでない嘘があります」。そう言うと永野は笑った。


 「永野さんが逮捕されないのはおそらく、マンションに足を踏み入れたという証拠がないからだと思います。でも私は、永野さんの性格であれば、マンションの部屋に入り、奥の部屋も覗き、幸田さんの遺体を確認したと思っています。つまり、アリバイ作りに協力しただけでなく、自殺偽装工作にも加担したのではないかと思ったのです。実際、『長い髪の毛が現場に落ちていた』という証言も聞きました」

 

 「長い髪の毛? 現場に? もし押収されていたとしたら、即アウトでしょ。鏑木さんは何も言わなかったわよ。一体、その髪はどこに行ってしまったのかしら」。永野はそう言うと、突然、笑い出した。      


 「本当に驚くわ。吉嵜探偵さんの推理にはもう負けますわ、笑うしかない」

 「これ以上は証拠もないので聞いても無駄ですね。ただどうしても聞きたいことがあります。岡本貿易を買収した件です。幸田さんの殺人事件の引き金にもなった。永野さんは責任をお感じにならないのですか。岡本貿易の買収が丸菱商事にとって致命的だとは思わないのですか。暴力団との関係をもつことが企業にとってどれほどのリスクを負うことになるのか、永野さんならわかっているはずです。葉山若頭との連携プレーだったのではないですか」


 「最初に言っておきますが、葉山とは全くビジネスの話はしたことはありません。岡本貿易についても同じです。この買収に絡んで葉山から話があったことは一度もありません。これは、社のトップダウンの案件です。柳本から指示があり担当することになったのです。契約の詰めの段階で、『羽谷組の息のかかった企業』と聞かされた時は正直、大変驚きました。葉山が関わっているわけで、大げさなようですが、『運命』のようなものを感じたことは確かです。秋山に騙されて、社長が組長と葉山に会ったということはごく最近になって聞きました。ただ、リスクの全くないM&Aなどありません。反社の影がちらついてもメリットがあれば買えばいいと私は思っています。反社と聞いただけでだめだと言った幸田さんとの意見の食い違いはそこでした。でも、最終的に判断するのは、社長であり、取締役会です。幸田さんの意見も踏まえての判断になったわけです。岡本貿易が問題のある企業だとしましょう。でもそれがどうだというのですか。関係があるのなら反社勢力を使いこなせばいいのです。恐れていたらビジネスは成り立たない。岡本貿易を丸菱商事のグループにいったん入れて経営を安定させて、ほかの企業に高値で転売すればいい。実際、私が前に勤めていた食品会社は『のどから手が出るほど欲しい会社だ』と今でも言っています。売却すれば丸菱にとっても十分に元はとれるはずです」


 「『反社会勢力を使いこなす』などと、コンプライアンス室長だった人の発言とは思えませんが、永野さんならばできるのかもしれませんね。というか永野さんしかできないでしょう」

 「なんとでも言ってください。確かに柄ではないので、金輪際、コンプライアンスと名の付くポジションにはつかないようにします」と永野は笑った。そして、グラスのワインをゆっくりと空けた。


 「いろいろと経験させてもらいました。思い出すわ。大神さんが最初に丸菱商事に取材で来た時のこと。4月初めだったわね。内容が内容なので部長に任せず私が対応しました。大神さんは『絶対に取材させてくれ。キャップが厳しくて、何もなしではテレビ局に戻れない。取材のOKが出るまで私はここを動きません』と玄関前のフロアーで啖呵を切ってそのまま床に座り込んでしまいました。もうびっくりしました。元気がよくて、強情な人でしたね」

 大神がそんな行動をとっていたことを吉嵜は知らなかった。

 その時の粘りからすべてが始まったといえる。


 「大神さんとは、きっとまたどこかで会う気がします。その時は敵としてではなく、味方であってほしいわ」と永野は言った。


 「内部通報があった案件を、柳本さん、幸田さんがうちに郵送したことは永野さんは知っていたのですか」

 「いえ、私は蚊帳の外でした。でも吉嵜さんと大神さんの取材する態度を見て『おかしいな』とは思いました。あとで幸田を問い詰めると、『自分たちが郵送した』と認めました」

 「発端となった『工場誘致』の件を社の内部通報窓口に持ち込んだ人は誰だったのでしょうか? 義憤にかられた社員だったのでしょうか。相当詳しいデータでした」

 「義憤ではない。社内の人事抗争の産物でしょう」

 「というと?」

 「ヒントは、次の社長が誰になるか。その人物が社外の取締役と結託して、窓口に郵送してきたと私はみています。いずれ、社外に公益通報したでしょう。権力争いからのスタートだということです。男って、なんで権力を握りたがるのかしら。いったん握ったら手離そうとしない。法律を犯してでも自分の地位を守ろうとする。いろいろなことがあったけど、すべてが茶番ね」

 「次の社長は誰になるのですか?」

 「それは今後の展開を見てのお楽しみ」


 そこまで言うと、永野は「ということで、明日から、丸菱商事には行きません。いろいろとご面倒をおかけしました。いい経験をさせてもらいました。本当に、しつこいのには閉口しましたけど」と言って立ち上がろうとした。



お読みいただきありがとうございました。

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