宿命報道#68 第9章 トップ・シークレット ■「ヒットマンは秋山が依頼した」 取調官の雑談に社長が動揺 「工作は永野に頼め」と秋山
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
捜査は、民自党の大物代議士、秋山啓介に狙いを定めて進んでいった。
しかし、肝心の楢崎社長の取り調べが予想外に難航した。
弁護士との接見の後、楢崎社長は、「柳本が幸田を死なせたことは聞いた。社に上がってこいと言っただけだ。自分は誰にも電話していない。自殺と見せかける偽装工作についても、なにも知らない。アリバイ工作などしていない」と主張した。
柳本の証言との矛盾点を突かれても、「柳本は殺した直後は錯乱していた。殺人者の証言と、巻き込まれただけの私の証言、どちらの証言を信用したらいいかは自明だろう」と平然と言い放った。
午後9時43分に幸田のスマホから柳本に電話がかかってきたことについても「関知していない」と逮捕時の証言を覆し、その後は何を聞かれても「知らない」と繰り返すばかりだった。
「秋山に相当、恩義があるのか。それとも怖いのか。完全に洗脳されてしまっている」。捜査一課の取調官も首を傾げた。
13日早朝から再開された取り調べでも、楢崎はだんまりを決め込み、たまに口を開いても「知らない」と言うだけだった。
しかし、思わぬところから、糸口が見つかった。
この日午前9時から、横浜市青葉区の楢崎社長の家に家宅捜索が入った。築地署の警部補鏑木も立ち会った。
そこで玄関脇の壁に、50センチ四方の厚紙がガムテープで貼られているのを鏑木が見つけた。美観を無視した不自然な貼り方に違和感を覚えた鏑木は、厚紙を一気に引きはがした。
そこには、銃弾の跡が鮮明に残っていた。
その情報は直ちに取調官へ伝えられた。
「自宅で銃撃されたのを、なぜ隠していた」。取調官の追及は一段と激しくなった。「秘密、秘密、秘密――隠し事ばかりじゃないか。隠蔽工作も秘密、殺人事件も秘密、すべて闇に葬り去ろうとした。そして自分に向けられた銃撃も秘密か。大企業の社長としての社会的責任を考えたことがあるのか。犯人に心当たりがあるんだろう、言ってみろ」
それでもじっと黙ったままの楢崎の様子を見ていた取調官は「もういい」と言って後ろを向いた。
そして、突然、書記役の警察官と雑談を始めた。
「組員を使って口封じを図ったな」
「でしょうね。アキヤマがハタニを使って消そうとして、失敗した」
「ハタニは一度狙った獲物は逃さない」
「次は必ず仕留めるでしょう」
2人の会話は声を潜めていたが、楢崎に聞こえるように言っているのは明らかだった。
その中で聞こえてきた「アキヤマがハタニを使った」「必ず仕留める」という言葉に、楢崎はひどく動揺した。足が小刻みに震え出した。
楢崎は、あの銃撃は羽谷組長の差し金に違いないと思い込んでいた。4月22日にホテルで会った時の冷酷な印象が強かったからだ。
秋山は老練だが、最終的には自分を守ってくれると信じ込んでいた。銃撃を受けたあの日も、秋山に連絡を取り、どうしたらいいか相談しようとした。柳本から「幸田を殺した」と連絡を受けたときと同じように。
だが、取調官の雑談を耳にした瞬間、楢崎は我に返った。
秋山は羽谷組との関係がニュースで流れたことなどから、捜査が自分に迫っていると悟り、危機感を強めたのではないか。
柳本は行方不明。後は社長の自分が証言できなくなれば、幸田殺人事件に関して秋山へつながる線はプツリと切れる。
「俺が必ず守る」「何があっても俺の名前は出すなよ」と秋山は言っていたが、実は羽谷組長と共謀して、俺を抹殺しようと企んでいたんだ。
楢崎が取り乱したのを、取調官は見逃さなかった。
取調室の空気が一変した。
この後、楢崎は、柳本から幸田の死を電話で聞いた後、秋山に電話したことをあっさりと供述した。
取調官の書記との雑談は、膠着状態を打開するために時折用いる手だったが、これほど効果があったのは珍しい。それだけ銃撃を受けた衝撃が生々しかったのだろう。
楢崎は取調官に促されるまま、すべてを話し始めた。
「柳本から『幸田を殺してしまった』という電話を受けて、動揺した。すぐに警察に通報すべきだったが、なぜか秋山に連絡していた。秋山はそれまでどんなことでも相談に乗ってくれていたので、このケースでもどうしたらいいか的確な助言を得られると思った。事情を説明したら、秋山は『大丈夫だ、俺に任せろ』と言って電話を切った。15分後、折り返しがあり、『傷害ならまだしも、殺してしまうというのはあり得ない事態だ。警察が本格的に調べれば、動機面も含めてすべてが明るみに出てしまう。丸菱は終わる。柳本だけじゃない、楢崎、あんたも終わりだ。手は打った。幸田は自殺したことにする』と言われ、怖くなって従った。その後は、秋山の指示どおりに、柳本に社に戻るよう電話した。午後9時半から10時まで、代表会議室で複数の役員と打ち合わせをし、その間に幸田のスマホから電話がかかってくるという段取りでアリバイ工作を仕組んだ」
楢崎は永野洋子にも電話した。秋山から「自殺の偽装工作は俺の方でやる。羽谷組を使う。社長はアリバイ工作をしてくれ。永野洋子に連絡して任せたらどうだ。彼女だったら完璧にやるだろう」と言われた。
楢崎は言われた通りに永野に電話し、「緊急事態だ。幸田が死亡した。至急、月島のマンションに向かってくれ。頼みたいことがある」と言った。しかし、永野は「今は離れたところにいて行けない」と断った。
「なんで私を向かわせようとしたのか。頼みたいこととは何か?」と永野がしつこく聞くので、「秋山先生に相談したら、永野に頼めと言われた」とだけ答えた。永野には、柳本が幸田を絞殺したことは言っていない。
永野にアリバイ工作を頼むのは時間的に無理だと判断した楢崎は、再び秋山に連絡して、現場に行く羽谷組員にスマホを使って柳本に電話するように頼み、柳本の番号を教えた。
実際に、高木から電話がかかってきたがその内容は、「岡本貿易の件、どう考えても納得できない」という幸田の声から始まり、しばらく幸田が一方的に主張し続けたと、柳本が言っていた。なぜ、電話の声が、死んだはずの幸田だったのか、楢崎は今でもわからない。「秋山先生がなんらかのトリックを考えたのだろう」としか思えなかった。
「柳本が自責の念に耐えられなかったのか、行方をくらましたことですべては狂った。どうせなら、柳本が死んでくれれば事件は解決の糸口を失い、迷宮入りし、幸田は自殺として処理されたのではないか」
楢崎は取調官を前に残念そうな表情を浮かべた。
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