宿命報道#64 ■真犯人発表で騒然!/幸田本部長殺害事件/「フェイク拡散防止」で逮捕前発表
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
「午前11時半 捜査一課長会見 丸菱商事投資戦略本部長殺害事件の容疑者逮捕について」
警視庁広報部から、報道機関各社あてに会見の連絡が入った。
午前11時にはすでに警視庁の大会議室に記者が詰めかけていた。全日本テレビの捜査一課担当が最前列に陣取ると、後ろから他局の記者が声をかけてきた。
「全日本テレビさんは、あれだけスクープを飛ばしてきたのに、羽谷組員逮捕を流さなかったね。ひょっとして、特オチ? それとも羽谷組に遠慮したの?」
嫌味な言い方だったが、ニュースを流さなかったのは事実だ。言い返すことはできなかった。
捜査一課長の会見が時間通りに始まった。テレビで生中継された。
「丸菱商事投資戦略本部長の幸田博さんを殺害した殺人容疑で、逮捕者が出ますので発表します」
会見場が静まり返った。
「容疑者は……」。一瞬、間があいた。
「丸菱商事代表取締役専務執行役員 柳本浩二」
捜査一課長はそう言うと、会見場をゆっくりと見渡した。
「ヤ・ナ・ギ・モ・ト」
誰もが予想していなかった名前だった。
何かの間違いではないのか。読み違えか?
「タ・カ・ギ」と言うと思っていた記者が大半だった。
吉嵜、大神、柏木らも、それぞれの職場でテレビ画面を前に、呆然と立ち尽くした。
幸田氏を殺害したのは柳本だったのか――。
「なんで、なんで、どうして!」。報道局にいた大神が絶叫した。
捜査一課長は続けた。
「柳本容疑者は9日に贈賄容疑ですでに逮捕しており、その調べが終わり次第、再逮捕ということになります。本人自ら認めており、証拠もそろっていることから、逮捕前ではありますが発表に踏み切りました。さらに、暴力団羽谷組組員、高木健吉を証拠隠滅容疑で、丸菱商事代表取締役社長の楢崎翔一を犯人隠避容疑でそれぞれ逮捕しました」
「えー 楢崎社長、逮捕ですか!」
誰かが思わず叫んだ。会場は一気に騒然となった。
「楢崎社長、逮捕です」「柳本専務、殺人容疑で再逮捕の方針です」
何人かの記者が会見場を飛び出し、携帯電話に向かって大声で叫んでいた。残った記者たちはノートパソコンに向かって予定稿を書き換えたうえで速報を打ち込んだ。
捜査一課長は落ち着いた表情のまま、容疑事実について説明を始めた。
「柳本の容疑です。6月14日午後7時半ごろ、中央区月島の丸菱商事投資戦略本部長幸田博氏のマンションで、幸田氏の首を絞めて殺害した疑いです。高木は、遺体を奥の和室に移動させたうえで、幸田氏が自分でドアノブにロープを巻き付けて自殺したように見せかける偽装工作をした疑いです。高木はその後、部屋中の指紋を拭き取り、柳本と幸田氏のもみ合いで倒れた椅子などの家具を整えて部屋を出ました。楢崎は柳本が殺害したことを知りながら、犯行時、丸菱商事の代表会議室で自分やほかの役員たちと打ち合わせをしていたというアリバイ工作をした疑いです。3容疑者とも逮捕容疑について認めています」
記者からの質問が相次いだ。
「柳本専務が幸田氏を殺した動機はなんですか?」
「丸菱商事社内の不祥事、トラブルの危機管理案件の対応をめぐって、幸田氏と対立しました。柳本の方針や考え方に幸田氏が反発したのです。数日間、2人の間で話し合いが持たれましたが決裂しました。6月14日夜、幸田氏のマンションに柳本が直接出向き、説得を続けましたが、幸田氏は納得せず口論になった。幸田氏は社の最高幹部による不正の事実を知り、社内外に公益通報すると宣言。スマホで知り合いの報道関係者に電話をかけた。柳本があわててスマホを叩き落とした上、激しいもみあいになった。そのうちに幸田氏の首を強く絞め、死亡させた、という経緯です」
「不正の内容を説明してください」
「会社に大きな損失を与えた案件について、社の上層部が内密に処理してきたことなどです。具体的な案件やその後の経緯については捜査中ですが、楢崎、柳本両容疑者が主導したものです」
「7時13分にテレビ局の記者に電話したという情報がありますが、幸田氏が公益通報しようとしたというのは、その電話のことでしょうか。まさにテレビ局に通報しようと電話して、それを止めようとした柳本専務に殺されたということですか」
「流れとしてはそうなります」
「首を絞めたら死んだ、というのは具体的にはどういう状況だったのですか?」
「後ろから裸絞めのような形で絞め上げた。柳本は柔道の経験者で得意技のひとつでした。楢崎から『社長の方針に反対する幸田氏を必ず説得するように』などと直前に言われ、あせっていました。相当強い力で絞め上げています」
「最初から殺意があったと認定しているのでしょうか。柳本専務はどのように話しているのですか」
「殺意を認定したかについては、殺人容疑での逮捕ということでわかっていただきたい。供述でも裏付けられています」
「楢崎社長は殺人の共犯ではないのですか?」
「楢崎はその場におらず、柳本の電話で初めて知ったと供述しています」
「楢崎社長がアリバイ工作をしたというのは具体的に何をしたのでしょうか?」
「柳本が幸田氏を殺害した直後に、社長に電話をして状況を説明しましたが、楢崎は、社に戻ってくるように指示しました。殺害した時間帯に、柳本と社で打ち合わせをしていたことにする口裏合わせをしたわけです」
「楢崎社長と柳本専務とほかの役員が社で打ち合わせをしていた時に、幸田氏のスマホから柳本専務あてに電話がかかってきたことがすでに明らかになっていますが、それもアリバイ工作ということですか。一体誰が電話をしたのですか?」
「はい、アリバイ工作の一つです。電話をかけたのは高木です。自殺に見せかける偽装をした後、決められた時間に電話をしています」
「決まった時間というのは9時43分のことですか? 誰が時間を決めて高木容疑者に連絡したのですか? そもそも幸田氏の死を高木容疑者に伝えて偽装工作を指示したのは誰ですか? 楢崎社長なのですか?」
「時間を決めたのは楢崎です。9時半から10時の間という指定です。代表会議室での打ち合わせの時間に合わせました。なお、高木容疑者に幸田氏の死を伝えたのが誰かということですが、証言が関係者間で食い違っていたり黙秘している人物がいたりして、その点は捜査中です。明らかになり次第発表します」
「ということは、まだ、逮捕者が増える可能性があるということですか?」
「その可能性はあります」
「高木容疑者は幸田氏が柳本専務に殺されたその場にいたのですか」
「いや、高木が現場に行ったときには、柳本はその場にいませんでした。マンションには幸田氏の遺体だけが取り残された状態でした」
「柳本専務は行方不明でしたが、逃亡していたということになりますね。警察はどの時点で、専務が殺人を犯したとみていたのですか?」
「可能性の一つとして考えていました。実際には、柳本が現れてから事情を聴き、殺したことを自供し、事件全体の主な構図が明らかになったということです」
「柳本専務の行方がわからない間、社長からも事情聴取しているはずですが、社長は何と言っていたのですか。アリバイ工作について認めていたのでしょうか」
「逮捕前の事情聴取では、『幸田氏の死については一切知らない』との一点張りでした」
「アリバイ工作としては手の込んだものではないように思います。なんでもっと早く見抜けなかったのですか」
この質問に捜査一課長は声を詰まらせた。
柳本にかかってきた電話の声が幸田だったことは確かなので、信じ切ってしまった。
なぜ幸田の声だったのかについて、高木はなぜか話さない。
「柳本の失踪で、捜査も慎重を期してまいりました」と言いながら、捜査一課長の手のひらは汗びっしょりになっていた。
記者が引き続き質問しようとしたのを止めて、捜査一課長の隣に座った管理官が「私の方からよろしいか」と口を開いた。
「この会見が異例中の異例であることを記者の皆さんはおわかりでしょうか。柳本専務は殺人容疑ではまだ逮捕されていないのです。にもかかわらず、捜査一課長の判断で発表しました」。会見場がしんと静まり返った。
「はっきりと言います。これ以上の誤報、フェイクニュースの拡散を見逃すわけにはいかなかったのです。1社を除いて、高木容疑者を殺人の容疑者として記事にし、続報まで書き散らした。誤った情報が真実のように世間では流布してしまった。その流れを止める必要があり、逮捕前の発表に至ったのであります。以上」
この後も、パラパラと質問は続き、会見は2時間を超えたところで終わった。
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