宿命報道#63 ■「俺はやっていない」連行される社長/株主総会のリハーサル中/高木組員帰国、警視庁動く
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
7月12日早朝。成田空港の到着ロビーには報道陣が押し掛け、物々しい雰囲気に包まれていた。
午前9時30分、フィリピン・マニラ発の日航機が到着する。搭乗者名簿に「高木健吉」という名前があった。幸田投資戦略本部長が亡くなった2日後にフィリピンに出国した人物だ。
「組員逮捕へ」という読愛新聞の特報を各社が後追い取材をしている過程で、この人物が羽谷組の組員であることが判明していた。
通信社が深夜に「高木組員、今日早朝にマニラから帰国。取り調べ後に逮捕へ」と速報したことから、空港は報道陣でごった返す事態になった。
高木はマニラ市内の飲食店にいたところを、手配を受けて捜査していた現地の警察官に発見されて連行された。
日航機が到着して間もなく、警視庁の捜査員に囲まれて高木が姿を現した。角刈りで、ジーンズにアロハシャツ姿。一斉にフラッシュがたかれた。
高木は最初、何が起きているのかわからずポカンとした表情を浮かべたが、テレビカメラだと気が付くと、一転不敵な笑いを浮かべた。そして胸を張って出迎え通路をガニ股を強調するかのように歩いた。そのまま警視庁が用意した車に乗せられ、高速道路を猛スピードで走り去った。
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午前10時、丸菱商事の株主総会前日リハーサルが、銀座のホテルの大広間で始まった。総会は一度延期され7月13日になり、さらなる延期も検討されたが、「これ以上延ばすと収拾がつかなくなる。強行した方がいい」との顧問弁護士の見解を参考にして、予定通り実施することになった。
しかし、社内が混乱したまま、総会を乗り切ることができるのか。リハーサルも例年以上に緊張した雰囲気に包まれた。
総務担当役員や総務部長が最も心配したのは、楢崎社長だった。最近では、会議や打ち合わせ中でもぼんやりしていることが多く、誰が見ても注意力が散漫になっていた。
なにかに怯えているようだった。社員食堂で社長が独り言をつぶやいているのを社員が耳にした。「『銃撃』『口止め』と聞こえた」と、その社員は言いふらした。
それでも社長はその座を続ける意思を持っていた。新年度の取締役もすでに発表されており、その人事案も総会の議案に組み込まれていた。3月期決算についても、株主からの質問が殺到するのは確実だった。
リハーサルの議長は楢崎社長自身が務めた。社員や弁護士が「株主」役を担い、会場から質問を浴びせる。
事前に指名された社員5人は、どんな質問をしてもいいとされていた。総会当日に答弁者が動じないように、度胸をつけるのもリハーサルをやる目的のひとつだ。答弁する方は本番並みにきちんと答えなければならない。
決算についての説明が終わった後、質疑に入った。
株主役の総務部社員が手を挙げた。
「行方不明だった代表取締役専務が贈賄容疑で逮捕された。異常事態だ。株価も一連の騒動で下落を続けている。社長はこの事態をどう考えているのか。経営上の不正も一部で指摘されているが、社長自ら説明責任を果たすべきではないか」
最初から辛辣な質問が飛びだした。社員が思っていても言えないことを代弁した形だ。
楢崎社長は明らかに嫌な顔をして答えた。
「専務が逮捕されたことは誠に遺憾であります。捜査中のことであり、事件の詳細についてはコメントを控えさせていただきます。経営上の不正についても指摘されておりますが、当社としては近く第三者委員会を設置し、調査を進めてまいります。結果がまとまれば記者会見やホームページ等でお知らせいたします」
事務局が作成したQ&Aを棒読みした。
「社長自身は、責任をどうとろうと考えているのか」
別の女性社員が聞いた。Q&Aにも載っていない質問だった。
「きちんと調査して、すべてを明らかにしていくことが私の責任だと考えております」。そう答えた社長はその女性をきっとにらみつけた。女子社員もにらみ返した。
もはや、社長の求心力は崩壊しつつあった。
次の質問のために、別の社員が手を挙げた。
と、その時だった。
会場のドアが勢いよく開けられ、血相を変えた総務部員が「大変だ―」と叫びながら駆け込んできた。
みながあっけにとられている中、壇上に駆け上がり、総務担当の役員に近寄り、なにやら耳打ちした。
「なんだって」。総務担当役員の大声が、広い会場に響き渡った。
会場全体がざわつき、緊張感が一気に高まった。予期せぬアクシデントが発生したのか、リハーサルの一環なのか。誰も判断できず、戸惑うばかりだった。
社長が振り返り、語気を強めて尋ねた。
「何だ、何が起きた」
総務担当役員が席を立ち、はっきりした声で言った。
「警視庁の捜査員が大挙、社に来ています。今玄関にいて、間もなくこちらの会場にやってきます」
「株主総会の警備か。本番は明日だぞ」と社長。
「違います。逮捕状と家宅捜索令状を持ってきています」
「何だって。だ、誰が逮捕されるというのか」
「社長」
総務担当役員が一段高い声で言った。
「あなたです!」
その直後、捜査員10数人が会場の扉を押し開け、なだれ込んできた。社員や弁護士が見守る中で、中央の通路を横切り、壇上に上がった。
「楢崎翔一、犯人隠避の容疑で逮捕状が出ている。同行願います」
「弁護士、顧問弁護士!」。楢崎が叫んだ。「こんなことが許されるのか。なんで俺が逮捕されるんだ。何もやっていない。それどころか、拳銃で撃たれたんだぞ、俺は被害者だ」
逃げようとする社長の両脇を捜査員ががっちりと抱え込み、壇上から引きずり下ろし、ドアの方へ連れて行った。
「俺はやっていない。指示もしていない」
足をバタつかせた社長の叫び声が会場に響き渡った。その姿を、誰もが茫然と見ていた。「社長がおかしくなってしまった」とみなが思った。
顧問弁護士も逮捕状を確認するだけで、何もできなかった。
議長役の社長が会場から消えた。
その後、数十人の警察官が本社ビルを捜索し、社長室などからトラック3台分の資料を押収していった。
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