宿命報道#62 ■「組員逮捕へ」ライバル新聞社が特報/全日本テレビ、「後追い」巡り大混乱/放送直前 刑事からメール
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
「組員逮捕へ 丸菱商事の幸田博投資戦略本部長は他殺と断定」というタイトルのニュースがネットに流れた。7月11日午後10時。読愛新聞発の速報だった。
「組員が海外逃亡」という記事も読愛新聞の特ダネだった。この組員を追っている警察の捜査班に、読愛新聞のシンパがいるのであろう。ポイントで抜いてくる。
全日本テレビの捜査一課担当記者は、この情報を聞きつけて裏取りに走った。間もなく、各社発のネットニュースが追うように次々と流れた。テレビ局によっては、速報をうったところもある。だが、全日本テレビは裏を取り切れていない。速報をうてる状況ではなかった。ニュース番組が始まるまで、30分しかなかった。
柏木は「組員、逮捕へ」「組員に逮捕状」「組員を指名手配」の3パターンに分けた速報を用意して待機した。
契約している通信社が「暴力団組員を殺人容疑で逮捕へ 丸菱商事投資戦略本部長殺人事件」という記事を流した。全日本テレビの捜査一課担当は、それでも警察で裏を取ることができなかった。
時間がない。
柏木は通信社の記事をそのまま速報として流すことを決めた。
吉嵜はその様子を見て、嫌な予感がした。
鏑木警部補の携帯に「ダメ元」で電話した。呼び出し音が鳴るだけで出なかった。仕方なく、「ニュースで『投資戦略本部長殺人事件、組員を殺人容疑で逮捕へ』という速報を流します」という内容のショートメールを送った。放送まで残り5分。
そもそも、「幸田さんが亡くなった2日後、1人の羽谷組組員が成田空港からフィリピンに向かって出国した」という情報を、吉嵜と大神につぶやくように教えてくれたのは鏑木だった。
放送2分前になった。
吉嵜の携帯の着信音が鳴った。鏑木から返信のショートメールが届いたのだ。
「殺人容疑で組員逮捕? やめたほうがいい。誤報だ」
吉嵜がこれまで鏑木に送ったショートメールは、すべて無視されていた。
今回が初めての返信だった。しかも内容は、報道しようとしていることを否定するものだった。
警察は、報道機関が先走ることを嫌う。「一刻も早く」という報道の使命を理解している警察幹部もいるが、大半は「捜査妨害だ」と考えている。鏑木とは数回しか会っていないが、誠実な人だという印象を持っていた。口は堅くて、「今は言えない」というのが口癖だが、うそとかごまかしを言う人ではない。
その鏑木が、「誤報」とまで書いている。どの部分が誤報なのかわからない。組員が違うのか。殺人容疑ではないのか。あるいは、逮捕するとしても別件であり、幸田を殺した案件ではないのか。
吉嵜は、やや遠くにいた柏木に聞こえるように大声を上げた。
「『殺人容疑で逮捕へ』はやめてください。誤報になります」
「なぜだ」
「私の警察の情報源が、『誤報になる』とメールで送ってきました」
「なんだと。じゃあ、どこの社も誤報を垂れ流しているというのか」
ほかのテレビ局はすでに「組員逮捕へ」と報じていた。刑事訴訟法を専門とするコメンテーターが「羽谷組の組員を殺人容疑で逮捕するという情報が私の耳にも入っている」と訳知り顔で話している番組もあった。新聞社、通信社もネットで流し始めた。
報道まで残り1分。柏木は言った。
「通信社の原稿でいく。契約している通信社のクレジットを入れて、そのまま読むという形でいけばいいだろう。速報扱いだ。番組の冒頭でやるぞ」
「合同通信社によると――」という言い方を冒頭に振るという考えだった。国内ニュースでは異例の対応だ。
「だめです。やめてください。通信社のクレジットを入れても、誤報であれば、放送局が責任を問われます」
番組を取り仕切るプロデューサーが割って入った。
「時間がない。柏木デスクの方針でいく」
吉嵜の脳裏に、3か月前の下島代議士による国会質問での苦い経験が蘇った。ニュースは1分、1秒を争う。しかし、自社の記者が裏をとれていない内容を流すのはどうなのか。
吉嵜は柏木に詰め寄った。
「せめて、うちの警視庁ボックスの記者の取材に期待しましょう。そこで判断しましょう」
「そのボックスからの確定情報がこないんだよ」
珍しく柏木は焦り、吐き捨てるように言いながら、スタジオのサブ室に走っていき、プロデューサーのところに駆け寄った。
「冒頭の速報で流すことは止める」。番組開始ぎりぎりで、柏木がスタンバイしているMCに駆け寄り、手書きのメモを渡した。
「『暴力団員逮捕へ』の原稿を読むのは禁止。ゴーサインが出るまで」とあった。
30分のニュース番組だったが、結局、「殺人容疑で組員逮捕」の原稿は読まれることはなかった。
番組が終わってから、柏木が吉嵜のところにやってきた。興奮した状態が続いていて、声が上ずっていた。
「うちの警視庁クラブでは何も裏がとれなかった。注目の殺人事件の重大局面で事実上の特オチだ。おれも年貢の納め時だな。明日から、お前と一緒に大学回りをするわ」
翌日の新聞朝刊も「羽谷組員に逮捕状」の記事が躍っていた。殺人容疑とうっている社もあった。
その後、どんでもないどんでん返しが待っていた。
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