宿命報道#61 ■永野洋子取り調べ/鏑木との30分の攻防/消去された音声データ
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
永野洋子は、築地署で鏑木警部補と向かい合っていた。午後8時を回っていた。
別の刑事からすでに2回、事情聴取を受けていたうえ、丸菱商事の役員への聴き取りにも、可能な限り同席してきた。
「お忙しいところ、申し訳ありませんね。急に時間をとっていただいて」と鏑木。
「はい、正直言って大変忙しいです。でも、刑事さんからの事情聴取の要請をすっぽかすわけにはいきませんしね。30分だけということでしたが、どの件でしょうか」
「聴きたいことを絞ります。幸田さんの死についてです。彼は岡本貿易の買収について反対の立場で、交渉を一手に引き受けていた永野さんとも激しくやりあったと聞きました。幸田さんは、何に対してそんなに反対したのですか?」
「岡本貿易の買収は、丸菱にとってメリットがないというのが幸田さんの主張でした。私は担当になってから、粛々と作業を進めました。もちろん、メリット、デメリットを精査した上で、丸菱にとってプラスになると判断しました。途中で柳本から『前向きに進めるように』という指示も出ました。役員会への報告資料をまとめるにあたって、ほかの案件も含めて説明したのですが、幸田さんは岡本貿易の件だけは強く反対しました。買収金額が高いということが主な理由でした。いくら説明しても納得してもらえなかったので、私は柳本専務に相談したのです」
「羽谷組と関係があることでも反対したのではないですか?」
「先ほど、全日本テレビの吉嵜記者が来られて、羽谷組のことをしつこく聞いてきましたが、その点については、幸田さんは私に言いませんでした。柳本から話があったのではないですか?」
(吉嵜……あいつ、うろうろしやがって。捜査妨害もはなはだしい)
年齢も立場も違うが、妙にライバル心が芽生えてくる。
「吉嵜は、なにを聞こうとしていたのですか?」
「岡本貿易のこととか、羽谷組のこととか。まあ、あの人はとてもしつこい方ですね」
「確かに。ところで、永野さん、今、私とのやりとりをしっかり録音していますね?」
「はい。スマホの録音機能を使っています。いけませんか?」
「事前に許可をとってもらわないと」
「失礼しました。止めます」
永野は胸ポケットからスマホを取り出し、録音を停止した。
「永野さんが以前、幸田さんと岡本貿易の買収交渉でやりとりした際、その様子を録音しましたか?」
「はい、すべて録っています」
「電話でのやりとりも?」
「録音しています」
「その内容を今、聞かせていただけますか?」
「幸田さんとのやり取りですか? とっくに削除しています」
「そうですか。残念です。もしよければ、本当に削除したかどうか、残ったままではないか、実際に確認させてほしいのですが」
「構いませんけど、それがどうかしたのですか?」
永野は不審な表情を見せながら、履歴画面を見せた。会話記録が一覧で表示された。
「先ほどの吉嵜さんの取材でのやり取りです。その前はすべて削除しました」と言った後、「音声データ一覧」の画面を鏑木に見せた。吉嵜とのやり取り以外は残っていなかった。
「AIによるメモ起こしが終わった段階で、順次削除していきますので」
「幸田さんが亡くなった6月14日ですが、それまでの幸田さんとのやり取りはその時点で残っていましたか」
「ちょっと覚えていませんね。削除したと思いますが、正確ではありません」
「永野さんなら覚えているかなと思ったのですが」
「その録音が、どうかしたのでしょうか」
鏑木は、「いや、捜査のことですので詳しくは言えません。ご協力ありがとうございました」とだけ言った。
鏑木は、録音データが柳本氏のアリバイ工作に使われた可能性があると疑っていた。まだ任意聴取の段階で、永野に明かすわけにはいかない。
もっとも永野は録音データを調べた意図についてすでに気づいているだろうが……。
「とにかく、柳本氏が見つかってよかった。事情聴取も進み、すべての事件の全容が解明されると思います。それでは、今日は以上で」と鏑木は言った。
きっちり30分だった。
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