宿命報道#58 ■福井県警、柳本専務を確保/生々しい証言 報道方針めぐり激論/ネットとテレビ 報道の温度差
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
車から6人が降りてきた。福井県警の刑事たちだ。あらかじめ連絡を受けていたため、玄関に出てきた女将の案内で、柳本専務のいる部屋に直行し、なだれ込むように入ってきた。
吉嵜と大神は柏木の合図で、柳本から離れた。
「カメラを止めて」。制服の警官が柏木に言った。
「独占インタビューはここまでだ。これ以上はまずい。参考人として警察が必死に捜している人物だ。ここからは警察に任せよう」
柏木は民宿に泊まっている男が柳本本人であるということを確認した直後、報道局長の藤本に報告し、鏑木警部補の携帯に連絡した。警察への連絡がこれ以上遅れると問題になる。ぎりぎりの限界点だった。
鏑木は福井県警に連絡、応援を求めた。柳本は福井県警捜査員に保護され、そのまま福井署に連行され事情聴取を受けた。柏木、吉嵜、大神の3人もタクシーを呼んで福井署に向かい事情聴取を受けたが、すぐに解放された。
吉嵜と大神は福井署の記者クラブで手分けして原稿を書き、送稿した。
福井署は、柳本についての本人確認を終えた。体調面でも問題がないという判断が出て、福井署の刑事3人が柳本を連れて特急に乗り南下した。
警視庁から鏑木警部補が、捜査二課の刑事と共に新幹線で向かい、名古屋駅で合流。新幹線「のぞみ」の最終便で東京へ向かった。
午後10時半。全日本テレビで速報がトップで流れた。「丸菱商事の専務現る 一乗谷朝倉氏遺跡 福井県警が確認」というタイトルだった。
朝夕デジタル新聞のデジタルニュースでも配信され、「スピード・アップ社」からも同じ内容の記事がネットに向けて発信された。もともと、柳本の居場所を突き止めたのはスピード社の功績だった。スピード社は全日本テレビから独占インタビューのコンテンツを購入する形となるが、価格が破格の安さになったのは当然だった。
速報の後、ニュース番組では、大神がマイクを持って、朝倉氏遺跡からの中継をした。インタビューを受ける柳本、パトカーに乗り込む姿などが映像として流れた。
インタビュー内容はあまりに生々しく、楢崎社長ら登場人物に裏を取ってからでないと流すことができない内容が多く、編集に手間取った。ニュースとしては、「不正な経理操作について、柳本専務は『自分が責任者だった』と話す」「丸菱商事のM&Aで、暴力団から圧力」「『死のうと思った』。幸田の死で、動揺して身を隠した」という話をメインにし、捜索願が出てからの3週間余りの足取りについても詳しく報じた。秋山の関与については、「大物代議士が関与か」として編集して流した。
秋山にかかわる部分は、秋山本人からの弁明を聞いてからでないと流さないという判断が柏木からあった。それこそ一方的になりすぎる。吉嵜、大神のほか、報道部長も一致した意見だった。報道局長だけは「秋山案件については、秋山代議士は否定するだろうし、報道するべきではないのではないか。お蔵入りもありうるぞ」という姿勢だった。報道担当役員に説明すると、秋山自身の言い分を真正面からの取材でしっかりととるようにという指示が出た。
この編集方針については、「スピード・アップ社」としては大いに不満があった。
「せっかく専務にインタビューできたのだから、1時間分すべてをそのまま流すべきだ。専務が話したことは事実だし、秋山代議士に関する部分は『大スクープ』だ。その後、証言自体の信用性が揺らいだとしたら、その都度、直していけばいい」という主張だった。
大神と河野の間で大激論が続いた。大神は「柳本さんは民間人であり、現時点で被疑者でもないのだから、話したことをそのまま報じるべきではない。相手側の言い分もきっちり取材して裏が取れたところから、報道機関として責任を持って報じるべき」と話した。これはテレビだけでなく、新聞の見解もそうだと説明した。
一方、河野は「民間人といっても大企業の専務だ。部下が亡くなっている状況もあり、発言には世間に対して責任が伴う。オフレコの条件を飲んでいないのであれば報じるべきである」と言って、「なによりスピードが要求される時代に、テレビ、新聞は報道でも時代遅れになってしまうぞ」と主張した。
仮に今回のインタビューにスピード社の社員が加わっていたならば、専務のインタビューはすべてがネットで流れていただろう。秋山代議士と羽谷組の関係など衝撃度は倍増するが、誤りや専務の誤解、勘違いがあった場合は、訂正では済まされず、責任が厳しく追及されることになる。
やや抑え気味の報道だったとしても、ほかのテレビ局、新聞は全く「寝耳に水」の状態だった。それぞれの報道現場で、担当記者がデスクから「ノーマークとは一体何をやっているんだ。ただで給料払ってんじゃねえ。全日本テレビにやられっぱなしじゃないか」などと罵倒される場面があちこちで繰り広げられた。
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