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宿命報道#56 ■柳本、福井の民宿にいた/「あまりにも理不尽です」大神の言葉で心が動く/「罪は大きすぎる」と柳本

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。


(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 東京駅に向かうタクシーの中で、大神は河野に電話した。

 

 「今、柳本さんに電話して話しました。本人に間違いありません。今から新幹線で向かいます。河野さんも一緒に行きましょう。『スピード・アップ社』の功績なのだから。急いで準備してください」


 しかし、河野は言った。

 「あとは任せる。行きたくても行けないんだ。スポンサーになってくれそうな人との大事な会合が入っていて外せない。年間50万円を寄付してくれているんだ。うちにとっては大金だ。福井に派遣できそうなバイトも今日はいない。一刻を争うのだから、由希がすぐに行け。きちんと取材してくれ。その結果は教えてくれ。こちらもネットニュースで流すから。これはうちの社長の了解も得ている」


 「社長は何と言っているの?」

 「本当に柳本専務だったら、情報提供料をもらうように言っている」

 「わかった。なんとか専務に会えるように急ぎます。それにしてもすごいですね、河野さん、見直しましたよ」

 「『専務失踪』がうちの社の特ダネということになって以後、次は『専務発見』にすべてをかけてきた。懸賞金もばかにならない」

 「警察より先に所在をつかむなんて……ネットの威力だね」

 

 「万事、順調に進んだら、メシ行こうな、約束」

 「了解です」

 新幹線で米原まで行き、特急に乗り換え、福井に向かった。車内では質問事項を整理しただけで、3人はほとんど言葉を交わさなかった。大神は柳本にショートメールを送り続けたが返事はなかった。

 それでも信じていた。自分の言葉が柳本に通じていると。


 吉嵜は大目玉を食らうことを覚悟した。

 「なんで警察に届けなかったんだ。お前は解雇だ」

 そう叫ぶ報道局長の顔が目に浮かび、暗い表情になっていた。それにしても柏木デスクのとっさの判断は早かった。頼れる先輩だ。

 

 (いや、待てよ)

 柏木デスクはいつも言っているスクープを狙っているだけなのではないか。デスクが直々に出張に同行すること自体が異例だ。列車内で、柏木だけはなんだか、ウキウキしているようだった。久々の現場出動を楽しんでいるかのようだ。


 JR福井駅に到着したのは午後6時になっていた。最短で向かったが待ち時間もあり4時間はかかった。そこからタクシーで15分、一乗谷朝倉氏遺跡に到着した。


 大神が先頭を走って近くの民宿「朝倉」に飛び込み、受付にいた女将に言った。

 「福井太郎さんに取り次いでいただけますか」

 女将は来客を予想しているかのようだった。3人の先頭に立ち、2階の部屋に通された。広い部屋だった。


 外の穏やかな景色を臨む窓に向いたリクライニングチェアに、男が1人座っているのが見えた。


 「柳本さん」

 大神が立ち止まって声をかけた。振り返った男の顔を、3人が同時に見た。

 柳本浩二だった。

                  

 柳本を吉嵜と大神が囲んだ。柏木がカメラをセットした。

 大神がまず声をかけた。

 「柳本専務、よく待っていてくれました。東京からだと時間がかかりますので、もうおられないかと思いました。感謝しかありません」


 柳本は明らかに痩せていた。やつれ切った表情で言った。

 「大神さんからのショートメールで、『朝倉氏遺跡にいるのか』とあったときは驚きました。すぐにこの場を離れようと思いました。でも大神さんの『あまりにも理不尽です』という言葉を聞いて足が止まりました。その通りです。こちらに来てくれるというので、その時はすべて話そうと思いました。それでも迷いはあった。何度も、この場から逃げようか、この世界から逃げ出そうかと思いました。私は弱い。そして、罪は大きすぎる」


 「罪」という言葉に、吉嵜と大神は反応し、顔を見合わせた。柏木はスマホが振動し、部屋を出て行った。本社から電話がかかり、「現状報告せよ」という問い合わせに答えていた。

 

 吉嵜が聞いた。

 「なぜ、ここにおられるのですか?」

 「金沢で生まれ育ち、福井にもよく遊びに来ていました。朝倉氏遺跡はとても安らげるんです。落ち着きますし、大好きな場所なんです。もう疲れましてね。明日は東尋坊に行くつもりでした。最後にもう一度ここに来たかった」


 東尋坊は福井県の北部にある切り立った断崖絶壁が有名な観光地だ。ここから飛び降りる人が多く、「自殺の名所」とも言われている。


 吉嵜が口を開いた。

 「気の弱いことを言わないでください。専務はいわば被害者なのですから。うかがいたいことがたくさんあります。さきほど『罪』ということを言われましたが、どういう意味ですか。話していただけますか」


 固定されたカメラが回っていたが、柳本は気にする様子はなかった。

 「会社では、不祥事やトラブルの解決にあたってきました。だが、今年はあまりにも多くのことが重なった。熾烈を極めたカーニバル社との交渉、マディ社の調査。カーニバル社には、連日のように交渉の予定を入れられ、一時は監禁状態に置かれたこともありました。大変な恐怖を感じました。精神的に余裕がなくなっていたのも確かです。ただ、タフな交渉でしたが、今から思えば、通常業務の範囲内といえる。マディ社が調査を進めているということも頭が痛かったが、この件は社長と経理担当の高藤が対応することになった。そして、最悪の事態を招いたのが、岡本貿易の買収でした。これは楢崎社長からトップダウンで降りてきました。さらに言うと、秋山代議士からの推薦というか、押し付けられたという方が正確でしょう」


 柳本はここまで一気に話すと、テーブルに置かれていた冷茶を飲み干した。



お読みいただきありがとうございました。


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