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宿命報道#53 ■六本木の夜、組長が待っていた/ホテルスイートの密室で/「買収計画、前向きに進める」と丸菱社長

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。


(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 丸菱商事の楢崎社長にとって、最も恐怖を感じたのは今年4月22日だった。

 昼、秋山代議士から電話がかかってきた。

 「夜、六本木のホテルニュー大山のスイートルームに来てくれ。そこで待っている。大事な用事だ。商売の話だ」


 秋山からの誘いでは断れない。接待の会食の予定があったが、相手方に日程を延期してもらった。

 秘書部長を連れてホテルに向かい、従業員の案内でスイートルームに入ると、そこには2人の男がソファに座り、恰幅のいい男たち3人が周囲に立っていた。


 2人は、暴力団羽谷組組長の羽谷虎雄と若頭の葉山豪と名乗った。もちろん、初対面だった。


 羽谷組長は大柄で、黒のスーツを着こなしていた。にこやかな表情で、いきなり話しかけてきた。

 「社長、共和会が丸菱商事にちょっかいを出してきている話は聞いています。排除していきますんで。ほかでも、丸菱さんに都合の悪いことを言うやつがいれば、いつでも言ってもらえれば、なんとでもしますよ」

 楢崎の手が震えた。


 「ちょっと待ってくれ。私は秋山先生に呼ばれてきた。秋山先生はどこにいるのか」

 「先生は急用があり、少し前にホテルを出ました」と組長が応じた。


 「それでは我々も引き上げます。あなたたちとお話しすることはないので」

 楢崎は立ち上がり、ドアの方へ向かった。

 

 「ちょっと待てや」


 それまで穏やかな表情を浮かべていた葉山のドスの利いた声が、部屋中に響いた。

 楢崎は驚いて振り返った。


 「なにも取って食おうってんじゃない。ゆっくり話し合いませんかということだ。商売のことでな。頼むから、秋山さんや組長の顔をつぶさんでくれ」

 若頭は一転してやさしい口調に戻った。


 まさか自分がこんな異常な状況に置かれるとは――楢崎は冷静になろうとした。ここは堂々と動じずにやりすごすしかない。そう考え、再びソファに座った。

 「商売の話というのは何か」と楢崎は聞いた。だが、秘書部長は「社長、まずいです。今すぐ部屋を出ましょう」とひきつった顔で言った。


 「まだ言うのか」と若頭は言って、後ろに立っていた男に目で合図した。

3人の男が、秘書部長の両脇をつかんで持ち上げた。

 

 「社長ーっ!」と秘書部長は足をばたつかせて叫んだが、男たちは構わず隣の部屋に連れて行き、鍵をかけた。


 リビングのような大広間では、3人だけが残った。楢崎の顔はひきつった。


 「難しいことではない。一緒に仕事をしようということですわ。ウイン・ウインでね」と組長が言った。


 「具体的になにか計画があるのか」

 「投資してほしい会社があるんだ。岡本貿易という会社で、アジアを中心に海外の食料品を輸入して、ようけ稼いどる良質な企業だ。おたくが進めるM&Aで、買収してほしい」

 「稼いでいるのであれば、それでいいのではないか」

 「詳しいことは知らんが、事業をアジアから世界に広げていくのに、まとまった資金がいるらしい」

 「私は聞いたことがない会社だ。とにかく検討はしましょう。それでいいか」

 

 「丸菱商事の次のM&Aの対象候補に挙げてくれればいい」

 「なるほど。候補はいくつもある。そのうちの一つとして検討させましょう。あとは現場がどう判断するかだ」

 「社長さんのところにあがってきたら、黙ってハンコ押してくれたらええ」

 

 「岡本貿易は羽谷組と、どんな関係なのか」

 「関係なんてない。資本も入っていない。まあ、強いて言えば、応援しとるんや。経営者の1人が知り合いでな。それだけだ」


 「わかった、検討する。それではこれで」と楢崎は再び立ち上がろうとした。


 「いや、まだ話がある。話の本題はこれからや。おたくの会社、少し調べさせてもらった。すごいことやっとるな。そして、主犯はあんた、楢崎さんだ」。若頭が言った。

 「なんのことですか」。楢崎の胸がざわめいた。


 「4年前、シンガポールでのデリバティブ取引で300億円を超える大穴を開けたのに、まったく表に出ていない。株主に対する背任だな、これは」


 楢崎は冷静ではいられなくなった。


 「われわれとしても、不正を知ってしまったからには黙っているわけにはいかない。損失を隠蔽しただけではなく、その後の経理操作もあくどい。国民の1人として犯罪を黙認することはできない。粉飾決算も行われている証拠もある。証券取引等監視委員会、検察庁、警察に告発しなければ。こっちが罪に問われるわ」


 この時は、まだマディ社による調査結果は公表されていなかった。楢崎には、なぜ羽谷組長がこれほどの企業秘密を握っているのか、全く理解できなかった。社内でも、詳しく知っているのは数人しかいない。


 「この話が出れば、あんたの首は飛ぶな。辞めざるをえなくなる。大商社・丸菱商事も最大のピンチを迎える。上場廃止の可能性だってある。株主総会も乗り越えられない。俺も株主だから、質問してもいいんだぜ」と若頭はにやっと笑った。


 羽谷組長は言った。


 「別に我々が表にでることはない。岡本貿易は、しっかりとした仕事をして実績を積んできた。最近はやや陰りを見せてきたがな。丸菱さんと同じグループに入って切磋琢磨すれば、売上も利益も急上昇だ。もちろん、われわれは口が堅いのが信条でね。同じグループになれば、不祥事など外に向かって言うつもりは一切ない」


 「前向きに進める」

 その一言が静寂の中、響き渡った。

 楢崎には、それ以外の言葉が見つからなかった。



お読みいただきありがとうございました。

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