宿命報道#52 ■沈黙の銃弾/命狙われた丸菱社長/秋山にすぐに連絡を!
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
7月8日午前1時過ぎ。丸菱商事社長の楢崎は、会社のハイヤーで横浜市青葉区の自宅に戻った。
ハイヤーはその場から立ち去り、楢崎は門扉を開けて敷地に入り、5メートルほど先の屋敷の正面玄関に向かって歩いた。ここ数日は都心にある社長専用マンションで寝泊まりしており、自宅に帰るのは久しぶりだった。といっても、妻は親の介護で実家に帰っており、家には誰もいない。
段差につまずき、よろめいた。その瞬間、後方で「プシュ」という音がした。玄関脇の白壁が弾け飛んだ。膝をついた不格好なまま、楢崎は何が起きたのか理解できなかった。音のした方を振り向くと、門の外、道をはさんだ木の茂みの中で人影がわずかに動いたのが見えた。
――銃で襲われた。
たまたまよろめいたために狙いが外れたのは明らかだった。楢崎は立ち上がって走り出した。玄関に向かわず、茂みから死角になる方向へ駆けた。再度、「プシュ」という音がした。銃弾が右肩をかすめた。楢崎は家の裏側に入り込み、家の壁とフェンスにはさまれた細い路地を抜け、裏口から室内に入り鍵をかけた。
しばらくして、オートバイのエンジン音が遠ざかる。命を狙われたのは間違いない。サイレンサー付きの銃で撃たれたのだ。誰が、何のために。
楢崎は電気をつけずに、じっと息を潜めた。息遣いが荒くなっているのに気付いた。秋山代議士に連絡をとろうとした。
これまで追い詰められた時、相談してきていたのは秋山だった。スマホで電話をかけたが、留守電になっていた。警察への通報は、秋山と話して助言を受けてからにしようと決めた。社内で秋山を知っているのは、コンプライアンス室長の永野と秘書部長だけだ。
楢崎は2人に連絡した。
「秋山先生に会って話したい。会うのが無理ならば電話でも構わない。なんとか連絡をとってくれ」
「こんな深夜にですか?」と驚く2人に、「構わん、緊急だ」と命じた。結局、2人はあらゆる手を尽くしたが、朝まで連絡はつかなかった。
楢崎は午前5時半、自宅を出た。一睡もできなかった。普段より早く呼び出した社のハイヤーに乗る直前、玄関脇の壁をみた。銃弾が食い込み、コンクリートの破片が地面に崩れて落ちていた。2発目は角度からして、隣家の庭の生い茂った木に向かったと思われる。
社では、永野が秘書部長とともに出迎えた。げっそりと青ざめた顔で、髪も梳かしていない、髭もそり残しが目立つ楢崎を見て、永野が「どうされたのですか。様子がおかしいですよ。一体何があったのですか」と尋ねた。
「説明は後だ」とだけ言って社長室に逃げ込むように入った。
永野は早朝、秋山と連絡がとれたようだった。
「社長が緊急の要件で会いたがっている」と伝えたが、秋山からは「暴力団との関係を暴かれて対応に追われている。しばらくは時間がとれない」と言われ、一方的に電話を切られたという。
楢崎は「こちらも緊急だ。これから秋山の事務所に車で向かう」と言ったが、「代議士は事務所にはいません。今はどこに行ってもマスコミに囲まれるので、しばらく行方をくらませると言っていました」と永野に言われ、会うのを断念した。
この日のすべての打ち合わせの予定をキャンセルして、1人社長室に閉じこもった。
「銃撃」「口封じ」――楢崎は社長室で、同じ言葉をぶつぶつと繰り返していた。恐怖で体の震えは止まらなかった。机に置かれた、秋山代議士と羽谷組長の関係について書かれた新聞記事を読もうとしたが、目は文字を追うだけで、頭には何も入ってこなかった。
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秋山にはこれまで大変世話になってきた。前社長の桧山亡き後、難しい局面に立たされた際、相談に乗ってもらえる唯一といってもいい存在だった。実際、何度も救われた。特に秋山の剛腕を見せつけられたのは、楢崎が社長になった直後のことだった。
都内の高級ホテルで、楢崎の仕切りで桧山の「お疲れさん会」のパーティーを開いた。桧山は13年間務めた社長を退任し、代表取締役会長として残った。誰もが「院政」が続くと思っていた。
政財界の要人が多数詰めかけ、懇意にしていた当時経済産業大臣の秋山も駆けつけた。楢崎はこの時初めて秋山と名刺の交換をした。秋山は急いでいて、冒頭20分しかいなかったが、別れ際に「これからは何でも言ってくれ。相談に乗るから」と言い残し、会場を後にした。
桧山は当時73歳。立食形式でアルコールを客に勧め、自身も飲んでいた。各テーブルを回るうちに酔いが回り、呂律が回らなくなっていた。経済産業省の局長ら幹部が並ぶテーブルにたどりついた時には、すでに酩酊していた。
局長の1人が「桧山さんの社長時代は、すべてが順調だったとしか見えませんが、大変な時期もあったのですか」と尋ねた。社長を退任する要人に聞くお決まりのフレーズだ。
その時、桧山はとんでもないことを口走った。
「すべて順調なわけないやろ。いろいろあったわ、ありすぎた。局長さんに言えないこともいっぱいやってきた」
「ほう、例えばどんな?」
局長も戯言として聞いていたが、桧山は相手が経産省幹部という意識もなく、「身内」の部下に話すような調子で続けた。
「もう時効でいいな。投資の失敗が続いた時期があった。不祥事も重なって大変だった。海外支社の社員が先物取引で巨額の損失を出してな。楢崎に言って対策を考えさせたら、あいつ、損失の先送りやら隠蔽やら、びっくりするような対応策を出してきた」
後ろに控えていた秘書部長は、経産省の幹部の顔が一瞬にして険しく変わったのを見た。舌禍では済まされない発言だった。
「会長、もうそろそろお開きの時間です。相当酔われていますので、この辺で閉会としましょう」と言って桧山がさらに話そうとしているのを遮った。
「おっ、そうか。わかった、わかった」
秘書部長は「今の発言はオフレコでお願いします」と念を押して回った。
「お疲れさん会」は最後に桧山がマイクを持って、型通りのお礼の挨拶をして解散した。
数日後、経産省の3人の職員が丸菱商事にやってきた。以後、経理局の別室にこもり、1か月にわたって役員、局長らのヒアリングと経理資料の点検を行った。先物取引の失敗と不適切な事後処理の全貌が明らかになった。
経理担当常務の高藤から報告を受けた楢崎は頭を抱えた。社長就任早々、最大のピンチを迎えた。楢崎自身へのヒアリングも時間の問題だった。隠蔽を指導したなどと認めれば、社長を続けていくことはできない。上場廃止の危機だった。
一体どう説明すればいいのか。桧山の酒の席での軽率な発言が重大な事態を引き起こしたわけだが、桧山は「そんなこと言ったかな。覚えていない」ととぼけるばかりだった。会長になって気が抜けたのか、ぼけてしまったのか、当事者能力は皆無だった。
楢崎は思い立って秋山の元に駆け込んだ。今更隠しても仕方がない。洗いざらい話して対応を相談した。
秋山はじっと聞いた後、「わかった」と一言だけ発した。桧山の助言もあり、現金100万円入りの封筒をお茶菓子の下に入れて置いていった。
その後、経産省が動くことはなかった。後から秋山自身に聞いたところでは、丸菱商事で何が起こったかをすべて把握した上で、経産省による不正摘発を抑え込んだのだった。
「どうやってそんな芸当ができたのですか」と聞くと、秋山は「予算をとってきてやったり、別のことで顔を立ててやった。人事で配慮してやれば、大方黙る」と答えた。
社長に就任して最初に訪れた危機を救ってもらったことで、楢崎の中には強い恩義が残った。以後もさまざまな局面で相談にのってもらうことが増えた。同時に、秋山からの注文も増えてきた。パーティー券の購入や献金など金がらみのことが多かったが、全面的に協力するようになっていった。
やがて巨額の選挙資金の提供も水面下で行われることが当たり前になっていった。
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