宿命報道#50 ■転落と再生の下島が語った真相/堂上との密約/政党リストは100万円で購入
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
秋山代議士が疑惑を全否定したことで、堂上の証言だけでは、ニュースにするのは難しい――吉嵜はそう感じていた。
堂上の話は録音してあるが、どこかやけっぱちなところがあった。最後の頼みの綱となる人物は1人しかいなかった。
吉嵜は吉野理子に声をかけ、2人で横須賀の病院を訪ねた。
7月6日の昼だった。異常な暑さが続いており、全国各地で気温は35℃を超えていた。
下島勇樹代議士は車いすで庭を散歩していた。額から汗が噴き出している。
「下島さん。ご無沙汰しております」
下島はしばらく吉嵜の顔を不思議そうに見つめていたが、やがて気づいたように「吉嵜さんか。そして吉野さん」と言った。
精神的な病かと思っていたが、車いす姿だったので吉嵜は驚いた。後から聞いた話では、思い詰めて病院の3階から飛び降りたらしい。命は助かったが足を複雑骨折し、車いす生活になった。近く議員辞職を予定しているという。
しかし、頭脳は明晰だった。
「聞きにくいことをうかがい来ました。衆院予算委員会での質問の件です」
「ああ、そうでしょうね。吉嵜さんが来られるんですから。あの質問では、いろいろな方にご迷惑をおかけしました。吉嵜さんも、ニュースを流してた後が大変だったと聞きました」
「あの『政党別支持者リスト』を、誰から受け取ったのか伺いたいのです。取材では特定していますが、秋山代議士が認めないので困っています」
「吉嵜さん、この病院に入院して以来、人生とは何なのかつくづく考えるようになりました」
質問とは全く違う話をし出した。ここはじっくりと聞かなければならないところだ。吉野と目を合わせ、うなずき合った。
「私は帝国大学法学部を経て弁護士になり、そして国会議員になりました。平和と民主正義の実現のために生涯を捧げようと決意し、そのためには政権交代が必要だと言って活動を続けてきた。どんなことでも誰にも負けない、負けるはずがない――そう思い込んでいました。傲慢な男でした。そして予算委員会での質問。民自党の実力議員を追い落とす証拠を、自分の力でつかんだと有頂天になっていた。そして天国から地獄に堕ちました。相手からすれば、赤子の手をひねるようなものだったのでしょう。先輩議員には言われました。『騙されたお前が悪い。だが取り戻せるレベルの失敗だ』と。でも私は逃げた。隙だらけだった自分が、ただ恥ずかしかった。これ以上の恥をさらされるのが怖かった。だが、すべてを失った今、ようやくわかりました。失敗とか過ちは誰にでもある。それを謙虚に受け止め、嵐を真正面から受け止めなければならない。隠したり逃げ回ったりしていたら駄目なんだということを。こんなごく当たり前のことが、私にはわからなかったし、できなかったのです」
吉嵜は黙って聞いていた。誰にでも最大のピンチが訪れる時がある。そんな時、責任をとって苦難に立ち向かうのか、それとも逃げたり、隠蔽したりする道を選ぶのか。中間の解決策は、ないように思った。
下島は言った。
「私はもう大丈夫ですよ、吉嵜さん。これまでは取材を拒否していましたが、どんな質問にもお答えしましょう」
吉嵜は改めて、リストを受け取った人物について聞いた。
「秋山さんの私設秘書、堂上さんからリストを受け取りました。私は100万円を出して買いました。その前には堂上さんから誘われて、食事や高級バーでの接待を何度も受けました。風俗店にも一緒に行き、写真も撮られました。羽谷組の準構成員とまでは知りませんでしたが、問題のありそうな人物だとは思っていました。ただ私からすると、彼が持っていたリストが欲しかった。それがあれば秋山さんにとどめを刺せる、追い落とせる。ただ、それだけでした。国会で質問したのは功をあせったからです。ニュースにしてもらっても、なんら構いません」
まさに核心となる証言だった。
「下島さんの口から堂上さんの名前が出て、ほっとしました。堂上さんも下島さんに渡したことを認めているのですが、なんだかやけっぱちな感じで証言の信ぴょう性に不安を感じていました。下島さん自身にとって、大きなダメージになることについての証言をいただいた。信ぴょう性は高いと判断します」。吉嵜ははっきりと言った。
下島は堂上との会話を録音しており、一緒にいるところを秘書に撮らせた写真もあった。録音テープと写真は自宅に保管してあるという。
吉嵜は下島から電話を入れてもらい、下島の妻からテープと写真を受け取った。
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