宿命報道#45 ■警視庁で緊急捜査会議/極秘事項が政界有力者へ/フィリピンへ出国の組員は「組の金を奪って逃げた」と若頭
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
築地署の鏑木警部補は、警視庁での会議に呼ばれた。
午前中の出勤直後、丸菱商事に関する会議の連絡が入った。午後1時に警視庁――あまりに急な招集だった。慌てて午後の予定をキャンセルした。
会議室には20ほどの椅子が並んでいた。係員が鏑木を一番端の席に案内した。開始5分前になって捜査一課、捜査二課、組織犯罪対策部の担当課長と管理官が次々に部屋に入ってきて、それぞれの決まった席に着いた。
鏑木は、そうそうたる幹部の顔ぶれを見て驚いた。「会議室を間違えたのではないか」と思い、案内役の警察官に尋ねると、丸菱商事の柳本専務から事情聴取した唯一の存在として呼ばれたのだと言われた。
ただ一つ、中央の席だけが空いていた。午後1時を過ぎたところで、刑事部長の立山春樹が静かに入ってきた。そこに着席するなり口を開いた。
「急に集まってもらった。丸菱商事の件についての最新の捜査状況を知りたい。こんな形でそれぞれの責任者に集まってもらっての会合は異例中の異例だが、時間がなかった。今日午後3時から警視総監にまとめて報告することになったので了解してほしい」
会議は相当急いで進められた。後から聞いたことだが、官邸からの問い合わせがあったのだ。丸菱商事の事件は官房長官の記者会見でも質問が出るほどになっていた。
「まずは直近の事件。マディ社の記者会見での妨害事件について」
組織犯罪対策部の担当課長が資料を見ながら説明した。
「羽谷組の犯行です。暴れたのは5人。すでに3人を傷害容疑で逮捕しています。残る2人は準構成員とみられます。顔は割れているので逮捕は時間の問題です。犯行は上層部からの指示で、動機は『米国の空売り組織がけしからん』という一点張りのみです。それ以上の供述はとれていません」
「上層部というのは?」
「若頭の葉山豪です」
「羽谷組の家宅捜索は行ったのか」
「マディ社の記者会見の翌日、羽谷組事務所や組長の自宅など計5か所の一斉家宅捜索を実施しました。1か月で2度目です。1回目は傷害容疑で、共和会との抗争関連で拳銃1丁を押収しました。2回の捜索を通してめぼしい成果は得られませんでした」
「マディ社が記者会見をやるという情報を羽谷組はどこから入手したのか」
「マディ社を懲らしめようと考えていたら、たまたま知人から『記者会見を開く』という情報を得て、押し掛けたとの供述です。『知人とは誰か』については、葉山は『忘れた』を繰り返すだけです」
「羽谷組と共和会との争いは。大規模な抗争に発展しそうか」
「羽谷組が一方的に攻めています。大阪・ミナミで拳銃発砲事案が報告されています。羽谷とは別の組ですが、一連の抗争と同じ流れと見ていい。共和会側は現在、戦意喪失状態です。これ以上の抗争に発展するようなことはないと考えられます」
「幸田博の死について。他殺の可能性もあると聞いているが進展はないのか」
捜査一課長の番だった。「進捗はありません。羽谷組の仕業であれば時間の問題ですが、どうもすんなりといきません。いまだに頑なに否定しています」
「事件から2日後に、組員の1人がフィリピンに出国していたと聞いたが、こいつが容疑者ではないのか。殺害して高跳びしたと考えるのが自然だと思うが」
一課長が振り返って鏑木に目で合図した。鏑木が説明した。
「フィリピンに出国した組員は、高木健吉という男です。この件について私が若頭を取り調べました。『事件にかかわって逃がしたんじゃないか』とずばり追及しましたが、若頭は『高木は組の上納金を奪って逃げた。追い込みをかけたが、捕まえる寸前で逃亡した。マニラにいるはずだ』との供述を繰り返しています。すでにフィリピン警察に照会しております。高木は以前、敵対するフロント企業社長を殺害した事件で、自殺したように偽装工作をしたことがあります。この事件は主犯組員が自供したことで殺人事件として立件することができましたが、高木は殺人事件自体をなかったことにする工作のプロとして、ヤクザの世界では知られた男です」
「丸菱商事に羽谷組が食い込んでいるという情報があるようだが?」
今度は捜査二課長が説明にあたった。
「羽谷組はそもそも、丸菱商事の不正の根源が、海外でのデリバティブ取引で損失を出したものの公にしなかったことなどの巨額の損失隠しに端を発していることをつかんだ。それ以後も、M&Aも含めて巧妙な不正会計を繰り返してきたという根っこの深い部分までなぜかつかみ、丸菱を脅しあげた。こうした情報をどこから入手してきたのかが不明です。羽谷組の経済ヤクザとしての活動のバックには、上部団体である暴力団山手組組長の参謀役が動いています。丸菱商事が買収に動いている岡本貿易は、羽谷組の息がかかった貿易会社で、タピオカの輸入で大儲けした会社です」
「羽谷組を摘発できないのか」
「丸菱商事から被害届はでていません。恐喝といっても、丸菱側が『全くそんなことはない』と言っています。実は、丸菱商事の社長と羽谷組組長が赤坂の高級ホテルで会ったという情報があり、確認を急いでいます」。組織犯罪対策部の担当課長が発言した。
「一部上場企業の社長と組長が会っていたとなれば大スキャンダルだ。そこで何が話し合われたのか。相当、侵食されているな。横領とか特別背任で事件化できないのか」
「専務の証言さえあれば、というところです。とっかかりとなった工場誘致の件は、専務からの事情聴取ができれば強制捜査できる段階まできています」と捜査二課長。
「わかった。岡本貿易の買収についても放っておけない。最後に丸菱商事の一連の事件で、政治家の関与は浮上していないか」
二課長が代表して答えた。
「今のところ出ていません。なにか刑事部長のところで情報があるのですか?」
「いや、ない。警視総監からその点についても確認しておくようにと言われただけだ」
「事件との関連はまだ出てきていませんが、丸菱商事社長と近い政治家は、民自党の秋山代議士です。パーティー券を大量に購入しています」
「わかった。今日はここまでにしよう。捜査の範囲が広いので、互いに情報交換を密にして進めてくれ」
刑事部長が締めて、会議は終わった。
刑事部長はこの後、この打ち合わせで出た話を簡潔にまとめ、警視総監に報告した。警視総監は国家公安委員会委員長に報告。その内容は、官邸へ内々に伝わった。
報告書は「極秘」扱いとされた。
しかし、その日のうちに民自党の一部の実力者に渡った。
お読みいただきありがとうございました。
『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。




