宿命報道#43 ■懲戒委員会開かれる/反社会的勢力との接触違反/吉嵜に厳しい処分
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
大神が解放された2日後、全日本テレビで懲戒委員会が開かれた。社長と役員で構成され、人事局が事務局を務めている。
人事局が委員会に提出した報告書は詳細で膨大だった。報道局の吉嵜が暴力団事務所を訪れ、さらにホテルの喫茶店で暴力団幹部に会った行為について、吉嵜、高橋、大神、報道局長、部長、柏木ら関係者10人への綿密なヒアリングが行われ、報告書としてまとめられた。
人事局の見解は、吉嵜の行為は反社会的勢力との接触を禁じた社内規則に違反しているという内容だった。「反社会的な団体・個人からの圧力には毅然とした態度で臨み、一切かかわりを持たない」と明記されたコンプライアンス憲章や行動規範が根拠だった。
暴力団への取材は、報道局長ら幹部の許可が必要だった。明文化されていないが暗黙の了解事項だった。
吉嵜は朝夕デジタル新聞社の暴力団担当記者の村岸を誘って組事務所に行ったが、このことはテレビ局の誰にも相談しておらず独断だった。ホテルの喫茶店での取材では高橋と大神が参加した。この取材については、柏木デスクには事前に説明したものの、藤本報道局長や川本社会部長には連絡をしていなかった。
しかも途中で、吉嵜本人は席を立って帰社し、残った大神が暴力団員から「一時監禁」状態に置かれるという極めて重大かつ危険な事態を招いた。大神を危険な目に遭わせたことについては弁解の余地はなかった。
吉嵜はヒアリングの場で、「丸菱商事の疑惑を取材し記事にする上で、羽谷組への取材は欠かせなかった。多くの疑惑情報はあったが最後の詰めができず、ニュースとして流せなかった。そこで羽谷組に直接取材を決行した」と述べた。
報道局長からの申請という形で、「吉嵜は減給、柏木はけん責、高橋は戒告。報道局長と社会部長も管理責任を問われてけん責」という処分案が説明された。大神は新聞社からの研修出向扱いのため処分の対象から外れた。
懲戒委員会で藤本報道局長は「なんとお詫びをしたらいいのか。私はかねがね『丸菱商事の案件についての取材は無理をするな』と言ってきたのですが、今回、またあの吉嵜が突っ走りました。手を焼いております。二度とないように厳しく指導すると同時に、報道局員全員に反社勢力との接触は今後一切しないように徹底します」と話した。
懲戒委員会ではさまざまな意見が出た。「暴力団への取材など言語道断」「吉嵜の行動は女性記者が監禁されるという事件を誘発した。懲戒解雇に値する」という厳しい声のほか、「暴力団取材そのものを全否定するべきではない」「丸菱商事の取材では先行しており、その流れの中での勇み足。厳重注意だけでいいのではないか」という擁護する意見も出た。
報道経験の長いコンプライアンス担当役員が重い口を開いた。
「反社会的勢力という定義は難しい。しかし、今回は暴力団そのものとの接触だ。社員の生死にもかかわる事態を招いた。どうしても取材しなければならないのであれば、上司を説得し、報道局をあげて暴力団と対峙するべきだ。暴力団対策法ができる前、突撃取材したような時代とは違う。個人プレーは許されない。記者を連れまわしたのは、報道機関への挑戦だ。『記者であっても調子に乗っていると痛い目にあうぞ』という脅しだと受け止めている。身元がわかっていても平気でやるときはやる。それが暴力団だ。今回のケースを教訓にするためにも厳しい処分が必要だ」
正論であり、会議の流れが決まった。
女性記者を暴力団取材に同席させたことも議論になった。報道経験のない役員が言った。
「暴力団の取材に女性を当たらせるというのはいかがなものか。いざとなって暴力を振るわれたら、女性はなんといっても弱い。危ない取材には女性は同行させない方がいいのではないか。この点についても懲戒理由に文言として入れたらどうか」
報道担当役員が反論した。「当初は同席する予定ではなかった。ただ女性記者からの希望があり、吉嵜もデスクと相談して決めた。『女性だから危ない、取材はさせない方がいい』とか決めつけて懲戒理由に盛り込むのは時代に逆行している」
大神本人は事前のヒアリングで「一時的に怖い思いはしましたがもう大丈夫です。私自身が取材に参加させてほしいと強く希望しましたが、反社勢力について甘く見ていました。記者による正規の取材ではまさか暴力を振るわないだろうという間違った思い込みがありました。ただ、隙を見せた時の反社勢力の暴力、仕打ちというものは、男女は関係ないと考えます。女性記者だけが危ないというのはあたらないと考えます。今後はしっかりと脇を締めて慎重に取材に臨みます」と答えていた。
「女性記者は新聞社からの出向だが、新聞社側は今回の件についてどう反応しているのか」と別の取締役が聞くと、報道担当は「新聞社の社会部長は、大神記者が暴力団組員に一時監禁状態に置かれたことについて大変驚いていた。すぐに被害届を出すべきだと言っていた。状況を説明したが、吉嵜が大神と高橋を残して途中退席したことが問題だという指摘だ。新聞社の村岸記者が羽谷組に行くことは、事前に報告があったというので、特段問題にはしていない。村岸記者は暴力団取材が長く、暴力団同士の抗争に関する本も書いている。暴力団にパイプを持っているぐらいだから、うちほどの驚きはない。さらに女性記者の割合が増えており、男女で仕事の内容を分けるという発想はないようだ。女性のルポライターでも組織に入り込んで取材し、良質なルポを書いてきた人もいると言っていた」と答えた。
結局、懲戒処分の理由の中に、「女性記者を同席させたこと自体が問題だった」という文言は入らなかった。
吉嵜の処分は「3日間の出勤停止」と、報道局の申請より重い懲戒処分に決まり、柏木も「けん責」より重い「減給」となった。ほかの幹部は申請通りとなり、社内で報告された。
新宿署は羽谷組若頭の葉山や組員の伊藤ら3人から事情聴取した。羽谷組側は「取材したいというので会った。若頭が退席した後、残った記者2人が最近の暴力団の内実について話が聞きたいというので応じた。男は勝手にいなくなった。女性記者とは友好的で、迎えの車で少しドライブをした。最後はテレビ局まで送っていこうとしたが、途中で降りたそうにしていたので降ろした」と供述。目隠ししたり、スマホを取り上げたりしたことについては「ちょっと驚かそうとしただけ。ドライブをみんなで楽しんだ」と言い張った。
実際は吉嵜と若頭が去った後、「取材費は出ないのか」と聞いた時に、高橋記者が突然、「出るわけないでしょう」と言って走って逃げ出していった態度に相当頭に来たらしい。
大神は「手持ちの現金は2万円あるが、取材費としてどのぐらい渡していいものかどうか社のデスクに聞くので少し待ってほしい」と言ったが、伊藤がいきなり「付いてこい」と言って大神の腕をつかみそのまま車に一緒に乗せた。
横浜方面に向かって走っていた途中で若頭から電話があり、「適当なところで解放してやれ」と言われ、東京に引き返したのだった。
警察は、組員の伊藤と小渕の2人を逮捕監禁容疑で逮捕し、東京地検に送検した。
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