宿命報道#41 ■「金を出せ」 脅された若手記者逃げてくる/大神を残して……/大神のスマホも通じない
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
広域暴力団羽谷組の葉山若頭に、長時間にわたる取材の礼を言って、吉嵜が立ち上がった。葉山若頭も立ち上がる。
その時、それまで一言も発さず黙っていたテレビ局の暴力団担当記者・高橋晴久が、吉嵜に向かって言った。
「私はもう少し話を聞きたいのですが。丸菱商事の件ではなく、最近の組の現状についてです」
暴力団に直接取材する機会など、ほとんどない。今回も取材の目的がはっきりしているため、吉嵜が突撃取材を試み実現した。若頭の対応も途中まで比較的くだけた雰囲気だったので、高橋は安心したのだろう。
吉嵜は若頭の方を見た。
「勝手にしろ。俺は事務所に戻る。伊藤、相手をしてやれ」
「わかりました」と伊藤が答えた。
吉嵜はテレビ局での打ち合わせの時間が迫っており、社に戻ることにした。大神は残って高橋と取材を続けた。
吉嵜が社に戻ってから40分ほど経った。打ち合わせ中の吉嵜のもとに、高橋が駆け込んできた。顔面蒼白だった。
「どうしたんだ、何があった」
「彼らが本性をむき出しにしてきたんです。金を出せと」
「それでどうした」
「逃げてきました。話をしていたら突然、取材費を出せとか、帰りの交通費を出せとか言い出して。そんな話、聞いていないし……」
「大神は? 大神はどうしたんだ」
「わかりません。ただ、とにかくやばいと思って。彼らが豹変したことを一刻も早く吉嵜さんに伝えようと思って戻ってきました」
「バカやろう、お前、大神を放って自分だけ逃げてきたのか」
「怖くて、怖くて……。身の危険を感じて、とにかく走って逃げてきました」
信じられない展開だった。
「金を出せ」という要求は想定外だった。だが、相手が相手だけに、そう言ってきてもおかしくはない。そんな時は、きちんと「出せない」と断るか、あるいは「交通費」名目で相応の額を渡しても問題にはならない。その場で臨機応変に対処すれば、しのげるはずだ。
なにもせずに驚いて逃げてくるとは。しかも大神を残して――。
大神をどんなことをしてでも守るのが役目だろう。こんな奴は記者じゃない。いや、社会で通用しないクズだ。
吉嵜はそう思ったが、同時に、自分が先に席を立って本社に帰り、2人を危険な状態にさらしたことこそが一番の過ちだと気付いた。
若頭の取材を終えて、ほっとして気を緩めてしまった。
詰めの甘さが出た。
大神のスマホに電話したが出ない。会合場所のホテルの喫茶店に電話したが、もう出て行ったという。3人は一緒だったという。何事も起きていないことを祈った。少なくとも大神の方が、高橋より大人の対応ができる、そう信じたかった。
吉嵜は新大久保の羽谷組本部に電話した。葉山若頭につないでもらった。
「葉山さん、私と一緒に取材に行った女性記者を知りませんか。伊藤さんら3人でホテルの喫茶店を出たようなのですが、以後連絡が取れないのです」
「知らん。伊藤は事務所には戻ってくる予定はない。お前のところの若造と一緒なんだろう」
「高橋ですね。彼は社に戻ってきています。伊藤さんが突然、取材費とか交通費を出せと言ったので、そのまま社に戻ってきたと言ってます」
「はあ――。女を残して1人で逃げ出したんか。おまえのところの若いもんの教育はどないなっているんじゃ。帰りの交通費ぐらい出せば済む話じゃねえか」
「そうですね。その伊藤さんから連絡はありませんか?」
「ない」
「どこへ行かれたのでしょうか?」
「知らん」
「大神のスマホは通じないんです。伊藤さんに連絡取っていただけませんか」
「連絡?」と言った後、「若いモン同士、意気投合してデートでもしているんじゃねえか。そんなときに電話して邪魔するもんじゃねぇだろう。おれは別件で忙しいんだ」
葉山の笑い声とともに電話が切れた。
高橋が「警察に言いましょう。断固とした姿勢で臨みましょう」と言った。
「お前が言うな、バカやろう」。吉嵜はなにより高橋に腹を立てていた。
「さっきから吉嵜さんは、バカやろうとか、バカとか罵倒していますが、ひどい、ひどすぎます。パワハラです。内部通報します」
高橋が声を震わせて叫んでいたが、吉嵜はもう相手にしないことにした。
当番で忙しくしていた柏木デスクに状況を説明した。柏木の顔がみるみる厳しくなった。
「警察にすぐに連絡しよう」と柏木は言った。
「少しだけ待ってください。取材が終わった後、流れ解散しているかもしれません。組事務所に若頭がいますので、直接会ってきます。警察への届け出はその後にしてください」
「高橋を連れていけ」と柏木は言ったが、「足手まといになりますので」と断った。
吉嵜は1人でタクシーに乗り、組事務所に向かった。タクシーの中から組事務所に電話をした。電話に出た組員に、今向かっていると伝えた。
事務所では、応接室で若頭が待っていた。
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