宿命報道#38■若頭とホテルロビーで面会/大神も取材に参加
吉嵜は、全日本テレビの暴力団担当記者・高橋晴久と会議室で打ち合わせをしていた。
朝夕デジタル新聞社の村岸は、以前から決まっていた大阪出張のため若頭への取材に同行できない。吉嵜は代わりに高橋に声をかけた。
2人で話していると、横から大神が話しかけてきた。マディ社による空売り事案の続報を書き終えたばかりだった。
「羽谷組は、なんで記者会見つぶしをしたのでしょうか。目立つだけじゃないですか。警察も黙っていないはずです」
「『丸菱商事は俺たちのもんじゃい』という意思表示だろうな。縄張り争いで、あえて暴力性を見せつけているんだろう」と高橋が言った。
「でも、マディ社は利権を奪おうという意図があるわけではないのに」と大神がさらに言うと、今度は吉嵜が答えた。
「羽谷組からすると、まずいことを暴露されて株価が暴落すると困ることがあるのではないか。あるいは、誰かに頼まれた可能性がある」
「誰に?」
「丸菱商事とか」
「広報は、『100%ない』と言い切っていますが」と大神。
「そりゃ、『うちの役員が依頼しました』なんて言うわけがないだろ。すぐ丸菱にガサが入るわ」
「今日午後、羽谷組の最高幹部に直接取材することになっている。その件も聞いてみるよ」と吉嵜が言うと、大神は驚いたような表情を見せて言った。
「羽谷組の最高幹部に会うんですか? 私も同席させてもらえませんか。直接聞きたいことがたくさんあるんです」
吉嵜は柏木デスクに相談した。吉嵜は羽谷組の事務所に直接行ったことについては誰にも話していなかった。反対されると思ったからだ。今回は若頭と会うことになりデスクに報告した。大神が同席を希望していることについても意見を聞いた。
柏木は困った顔をした。
「羽谷組にどうしても当てないとだめなのか」
「一連の疑惑をたどっていくと、行きつくのが羽谷組です。核心を握っていると言わざるを得ません。周辺取材から迫っていく手はありますが、時間がかかりすぎて限界があります。せっかく若頭が話すと言っているのです。行かないという選択肢はないと思います」
「バリバリの暴力団だぞ。しかも暴力をむき出しにして勢力を広げてきた羽谷組の取材となれば、報道局長は絶対に許可ださんわな。『反社会的勢力と接触するとはなにごとか』と怒り出すだろう」
「我々の仕事って徹底的に取材して真実に肉薄することですよね。そのために最大限の努力をする。若頭に会うのは、丸菱商事疑惑の解明に欠かせないことです。さらに今後、羽谷組についても報道する可能性があるので、相手の言い分をしっかりと聞いておく必要があると思います」
「暴力団の言い分まで聞く必要はない、というのが世間の標準的な考えだ。だが、俺は言っているのはそこではない。危険はないのか? 肉体的な、リアルな危険だ。追及型の厳しい取材になるのだから、相手を怒らせて刺されたらどうする。生死にかかわる問題だ。『責任を取ります』では済まされない話だぞ」
「過去の経験でいえば、真正面からきちんと向かい合えば問題は起きません。しかも相手は組織のすべてを仕切る若頭。頭が切れて肝が据わっていると評判の人物です。チンピラは何をしでかすかわからないところがあるが、若頭になるとおかしなことはしないと思います。こちらも取材ですから礼儀をもって接します。柏木デスクに言うのは『釈迦に説法』ですが、職業上の立場を崩さず毅然としていれば、相手もそれに応じた対応をしてきます。油断したり、隙を見せたりしたらアウトですが」
「だが、若頭に会って、中身のある話が聞けるのか?」
「それはわかりません。全くダメかもしれませんし、意外と話してくれるかもしれない。若頭の性格によりますし、こちらの取材の仕方にもよります」
「よし、わかった。行ってこい。ただし取材場所はホテルの喫茶店だけだ。相手がそこを指定してきたということは、話をしようということなんだろう。『別の場所に移動する』と言われたらきっぱりと断れ。すぐに取材は中止だ。閉鎖された場所では危険度が何倍も増す。お前らが若頭に会うことは俺だけに留めておく。局長に言っても、『暴力団の直接取材はだめだ』という公式見解を述べるだけで、それ以上進めなくなる。ところで大神も連れていくのか?」
「彼女は肝が据わっています。これまでの取材で、ずばりと的を射た質問をして活路を開いたことが何度もありました。なにより、本人が行きたがっている。これも経験かと思いますが」
「怖いもの知らずか……。正義感とか好奇心だけで突っ走ると痛い目に遭うぞ。的を射た質問とやらが若頭に通じるかね。まあ、高橋も加わって3人ならばいいだろう。とにかくなにかあったら吉嵜、お前が責任もって守れ。命を張ってでもな。大神の同行を許可するのは、それが条件だ」
「わかりました」。吉嵜は力強く言った。
だが、待ち受けていたのは、思いもよらぬ恐怖の展開だった。




