宿命報道#37 第5章 広域暴力団若頭 ■暴力団事務所に直接取材を敢行/組長は高校球児
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
指定暴力団・山手組系羽谷組の組事務所は、JR新大久保駅前から続く大久保通りを外れた住宅街にあった。
6月26日。吉嵜と朝夕デジタル新聞記者で暴力団など組織犯罪を専門に担当する村岸徹は、韓国やベトナム系の飲食店や雑貨店が立ち並ぶ一角を抜け、突如現れたグレーで統一された要塞のような屋敷の前に立った。
「ここで間違いないな」。村岸がスマホの地図を見ながら言うと、吉嵜はうなずき、屋敷の前の通りを往復した。数か所しかない小窓には鉄格子が取り付けられている。ざっと見ただけで、防犯カメラが3か所に設置されていた。2階の屋根からはドーム型カメラが広い角度で固定され、全景を撮影している。門扉の上にはボックス型カメラが2台。いずれも高性能であることが素人目でもわかる形状だった。表札は出ていない。
事務所の住所は、村岸が把握していた。全国の組事務所の組織構成や場所、人員情報などが記された高額の専門書を購入して、朝夕デジタル新聞警視庁記者クラブに保管してある。その中に羽谷組の概要が書かれている。村岸が接写した羽谷虎雄組長の顔写真が、吉嵜のスマホに送られていた。
丸菱商事を取り巻くさまざまな疑惑に、羽谷組が関与していることは明らかになってきたが、具体的にどのようにかかわっているのかははっきりしない。ニュースとして成立させるには、証拠と証言を積み上げる必要がある。吉嵜は直接取材を決断した。
以前、企業犯罪の取材で行き詰まった時、企業に食い込んでいた暴力団の組長に直当たりしたところ、核心につながる重要な話を聞くことができた。今回はどこまで聞き出せるかわからないが、そもそも当たらなければ収穫はゼロだ。「当たって砕けろ」の精神が時には必要なのだ。
最近は大半の企業が「反社会的勢力とは断固として対決し、関係遮断を徹底する」という宣言をホームページなどで公表している。全日本テレビも同様だ。企業の姿勢としては正しいが、報道のスタンスは異なる――吉嵜はそう考えていた。
そもそも反社会的勢力がなぜ存在するのか。それは表社会で生きる人や組織が、その存在を必要としているからにほかならない。その内実はどうなっているのか。社会が変容するのに合わせ、その勢力の在り様も刻々と変貌している。
まさに、現代社会の裏面を映し出す「鏡」なのだ。その世界を取材することは、社会の病根を抉り出すことにつながる。報道の役割について「権力チェックである」と声高にいう関係者は多いが、一方で、反社会的勢力の実態を追うこともまた重要な役割だ。「反社」という言葉を聞いただけで「思考停止」になってしまうのは論外だ。警察発表に頼るだけでなく、筋を通して正面から取材することになんの問題もない。
丸菱商事の件についても、正面から羽谷組に取材を申し入れることにし、朝夕デジタル新聞社の村岸に声をかけた。村岸は暴力団取材が長く、生き字引のような存在で、今回取材チームに加わっていた。
最初は村岸も難色を示した。
「今の山手組は総じて取材には応じない。以前は、最高幹部が報道機関の担当記者と会って、政治、経済、外交について最新の情報を仕入れたり、意見交換したりした。今は暴力団を見る周囲の目が厳しい。暴力団側も報道機関を警察にひっついた敵と見ている。組事務所を訪ねていっても無駄だ」と反対した。しかし吉嵜が「ダメでもともと。質問状を渡すだけでもいい」と強く言うと、「わかった。一緒についていく」と同行を決めた。
吉嵜が組事務所のインターホンを鳴らした。3回目でようやく屋敷の中に動きがあった。
「はい」。低い声がインターホン越しに響いた。
「全日本テレビの吉嵜と、朝夕デジタル新聞の村岸と申します。記者です。突然で申し訳ありませんが、取材で伺いました」
「テレビ? 新聞? なんの用や」
玄関前の防犯カメラがガチャリと動いた。吉嵜らの顔がアップで映し出され、録画されているのだろう。
「取材です。いろいろと伺いたいことがあります。直接お会いしてお話しさせていただきたいのですが。こちらの名刺もお渡しします」と吉嵜が言った。
インターホンが突然、切れた。
「ダメそうだな」と吉嵜と村岸は顔を見合わせたが、しばらく待つことにした。10分ほど経った後、門扉越しで見えないが、建物の玄関のドアが開く音がして、その後、重たそうな鉄の門扉が開いた。体の引き締まった髪の短い若い男が出てきて、「入りな」と言って、2人を招き入れた。
玄関から入った上がり框に、実物大のトラの剥製が置かれており、こちらをにらみつけている。廊下を進み、右手のドアが開けられ、応接室に通された。男は「ちょっと待ってろ」と言って姿を消した。
黒革のソファに座ると、体の半分ぐらいが沈んだような感じで心地よかった。部屋を眺めると、富士山の風景画が飾られ、天井からはシャンデリアが吊るされていた。窓際の棚の上には、記念写真のようなものが並べられている。近づいて見ると、高校球児の集合写真だった。組事務所には不釣り合いな感じだ。
10分ほどして、さきほどの男が戻ってきた。
「俺は留守番や。幹部は誰もおらんし、戻ってこれん。急に来ても相手できん。それで、用件はなんや? マディ社の件か。それなら警察に聞け」とぶっきらぼうに言った。おそらく、幹部に何を聞きに来たのかを確認するように言われたのだろう。
「丸菱商事との関係についてです」と言って、「丸菱商事が行っているM&Aで、羽谷組がどのように関わっているのかについて直接伺いたい」と書いた質問状を渡した。丸菱商事との関係、岡本貿易との関係、マディ社の記者会見妨害についての質問事項を書いておいた。名刺も渡した。裏には、携帯の番号もメモしておいた。
若い男はざっと目を通しながら、「この質問状は受け取っておくわ」と言った。
「ありがとうございます。ぜひ、連絡ください」と吉嵜は言った。長居は無用だ。帰ろうとしてソファから立ち上がりながら、吉嵜がふと尋ねた。
「この写真、高校野球の球児の記念写真ですね」
「組長の高校時代の写真や」。若い男が答える。
「組長は球児だったんですか」
「隆盛高校のホームランバッターや」と自慢げに言った。
隆盛高校といえば神奈川県の私立の野球強豪校だ。夏の甲子園大会にも何度も出場し、OBにはプロ野球で活躍している選手も多い。
「組長は甲子園に出られたのですか?」
「当時、敵なしの最強チームと言われたが、大会前に部員同士の暴力事件があり出場辞退して出られなかったんや」と言った組員は、言い過ぎたと思ったのか、「もうええやろ」と外へ出るようにせきたてた。
吉嵜は出口に向かいながらその写真に近づいて見た。みながっしりとした体格で、いかつい顔をしていた。組長を探そうとしたがわからなかった。最前列にしゃがんでいる学生服姿の男性に目がいった。
見覚えのある顔のように思った。だが、それが誰なのかこの時は、思い出せなかった。
夕方、吉嵜の携帯に電話が入った。昼間に会った羽谷組の男だった。
「カシラが明日午後1時に会うから来るように」
指定されたのは、新宿の高級ホテルだった。若頭が現れるという。
広々とした1階ロビーの喫茶店で会うことになった。
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