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宿命報道#36 ■役員会も大荒れ/背景に派閥抗争/第3者委員会設置へ

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 マディ社の波乱の記者会見があった翌日の午前9時、丸菱商事本社で常勤の取締役と一部の執行役員30人による経営会議が開かれた。


 延期された株主総会まで、あと3週間。通常であれば総会に向けた詰めの打ち合わせだけで1時間以内で終わる予定だった。


 議題に入る前に、コンプライアンス・広報担当役員の井原和彦が、マディ社の記者会見の混乱について報告した。この会見には、広報部の社員が記者を装って潜入し、一部始終をスマホで撮影していた。その映像が、会議室の大画面に映し出された。


 角刈りの男たち5人が椅子を振り回し、投げつける様子が至近距離で撮影されていた。悲鳴があちこちで起きていた。警備員とのつかみ合い、社員に囲まれて逃げるマディ社社長のこわばった表情――テレビやネットで繰り返し流れた光景だった。


 「改めて見るが、ひどいもんだな」。役員の1人がつぶやいた。「あの連中がどこのだれかわかっているのか?」

 「羽谷組です。広域暴力団山手組の系列です。すでに3人が逮捕され、まもなく発表される予定です。永野室長が記者から内々に聞き出しました」と井原が答えた。


 役員たちから次々に声が上がった。

 「羽谷組の狙いは何だ? 逮捕者されるのはわかっているはずだ。警察を恐れていないのか? 敢えて目立つようにやっているようだ」「ネットでは会見つぶしが丸菱商事の差し金だと書かれている。対応は大丈夫か?」


 井原は「すぐに『暴れたのはうちの社員ではない。丸菱商事は会見妨害行為とはまったく関係ない』とプレスリリースし、ホームページにも掲載した。羽谷組の動機はわからない。警察の発表を待つしかない」と説明した。


 「社員が実行犯ではないというのは当然だ。ただ、暴力団に依頼したんじゃないかとネットの掲示板に書き込まれているぞ」と別の幹部が改めて指摘すると、井原は「暴力団に金を出すなどあり得ないことだ。ネット上の書き込みは制御できない」と言った。


 「事実無根だと言ってプロバイダーに削除要請を出したらどうか」という意見に対し、井原は「弁護士と相談しながら削除要請は出していく。ただ拡散してしまっているので効果は限定的だ。今は静観して嵐が過ぎるのを待つしかない」と述べた。井原は防戦一方だが、「静観」という言葉を使ったことでかえって反発を招き、役員たちの不満が噴出した。


 「マディ社は半年前から相当な調査を続けていた。それは気づいていたはずだ。マディ社に接触して、場合によっては金で解決することもできたかもしれない。なにもしなかった危機管理担当の責任は重いぞ」


 「会見中止後、マディ社の社長の20分間の動画がユーチューブにアップされ、再生数は200万回を超えた。数か国語に翻訳され、海外にも拡散している。ダメージは計り知れない。株価が下降曲線を描き始めている。マディ社の思うつぼだ」


 営業を預かる常務取締役の小山田正成が声を上げた。

 「暴力団との関係は事実無根で自然に鎮静化するだろう。だが問題の本筋はマディ社の報告書だ。経営が全否定されている。特に投資部門への指摘は深刻だ。1400億円の米国のベンチャー企業への投資案件について、われわれには詳細な説明がない。桧山社長時代のことかもしれないが、粉飾決算や取締役会が形骸化まで指摘されている。責任者の柳本専務は行方不明だ。この異常事態に経営としてどう対応するのかが最優先だ」


 冷静で頭の切れる小山田は、投資関係には関わっていないだけにはっきりと本質をついた。楢崎社長とは距離を置く存在で、次期社長の座を柳本と競っていた。だれもが楢崎社長の顔を見たが、社長は黙ったままだった。


 経理担当常務の高藤宏が答えた。

 「確かに投資案件の中には、当初の想定通りに進んでいない案件もある。1400億円の投資のケースもそうだ。だが、リスクのない投資はない。買収した企業の業績が振るわなかったケースもあり、軌道修正が必要な案件もある。経営企画部で対応中だ。まとまり次第報告する」


 小山田は納得しなかった。

 「通常のリスクについて言っているのではない。マディ社の指摘が事実ならば、不正、違法処理がまかり通っていたことになる。まずは真相を知りたいのだ」

 「その通りだ」。役員の中から小山田に賛同する声があがった。


 高藤は苦しい弁明を続けた。

 「マディ社の指摘は詳細にわたっているが、最初から『問題あり』の視点から入っている。数年前の事案から掘り起こしており、事実かどうか見極めることはできない。『隠蔽』と書かれているが、その事実を把握して対応策を練るのに相当な時間がかかる。その間の経理処理については最善を尽くしてきたもので、隠蔽と言われると心外だ。みなさんに説明するにも時間がほしい」


 事業担当取締役の西原巧が声を荒らげた。

 「もはや社内だけの問題ではない。各方面から説明が求められている。一刻の猶予もない。コメントを出すだけではなく、すぐにでも記者会見して説明するべきだ」


 「専務がいればできるのだが、専務不在の今、誰が会見するのかが問題だ」と、井原が弱気な姿勢を見せると、西原は「そりゃ、あんたか高藤常務しかいないだろう」とあきれ顔で言った。


 「記者からも相当な突っ込みがくるだろう。マディ社と通じている記者もいるだろうし。そこで間違ったことを言ってしまったら逆効果になるのではないか」。井原は終始消極的だった。

 「何を弱気なことを言っている。想定問答を徹夜で作ってリハーサルをすればいい。危機管理の統括は、社長命令で高藤常務になった。投資の内容を知っている高藤常務か、あるいは社長にでてもらうのもいいかもしれない」と西原は言い切った。


 険悪な空気に包まれた。かつてないことだった。会社が追い詰められている証であり、経営陣にもようやく危機意識が芽生えてきた証拠でもあった。これまで長くシャンシャンで終わっていた経営会議だったが、社長の求心力低下を象徴していた。


 楢崎社長がようやく口を開いた。

 「小山田君、西原君の言うことはもっともだ。高藤常務の説明も理解できる。私は、記者会見だけなら、否定コメントを出せば収まると軽く見ていた。調査に入っているというのは耳に入っていたが、相手に接触してどうなるものではない。金で解決するなどは論外だ。そのこともネタにされる。羽谷組の妨害があって注目度が高まったのは想定外だった。甘く見た私の責任だ。マディ社の対応は、私に一任してほしい。桧山体制時代の案件で、当時専務だった私にも責任はあるが、知らないこともある。第三者委員会を設置しようと思う。顧問弁護士の意見も聞いたうえで迅速に対応したい」


 「第三者委員会を設置すると発表するのはいいかもしれない。事実関係について聞かれても、調査中だとかわせる。延期した7月13日の株主総会もそれで乗り切れる」と井原が追いかけるように言った。

 しかし小山田は「弥縫策でしかない。第三者委員会のメンバーはだれを選ぶのか」と問いただした。

 「当社寄りの人物を委員長に選んだほうがいいだろう。手厳しい意見を言う人物を入れて中立性を装えばいい」と井原が述べると、小山田がなおも追及した。

 「私がさきほどから言っているのは、目先のごまかしではなく、不正なことをしたならしたですべてを明るみに出して、責任者はやめるぐらいの覚悟が必要だと言っているのだ」


 井原が何かを言おうとするのを押しとどめて、楢崎社長が強い口調で言った。

 「私が第三者委員会を設置しようと言ったのはその意味だ。客観的な目で事実を確定し、評価し、責任をとるときはとる。もちろん、私も責任をとる覚悟がある。小山田はもう余計なことを言うな。ややこしくなるだけだ。とにかく、マディ社の件は私に一任してほしい。それだけだ。異論はあるか?」


 社長が「責任をとる覚悟がある」と言ったことで、場は静まり返った。議事録の書記を担当する総務局長が打つパソコンの音だけが響いた。

誰もそれ以上意見を述べるものはいなかった。


 最後に、総務担当取締役が株主総会についての段取りを説明し、弁護士と協議のうえ作成したQ&Aが配布された。辛辣な仮想質問と、木で鼻をくくったような回答案が並んでいた。


お読みいただきありがとうございました。

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