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宿命報道#35 ■荒れた会見/組員が乱入し、椅子が投げられ、カメラ台が倒れる/マディ社

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 銀座の帝王ホテルは、多くの人で賑わっていた。

 6月25日。近くの劇場で宝塚歌劇団の公演が終わった直後で、ファンの女性らが喫茶室やレストランに流れ込んでいた。


 ホテルの5階には結婚式場やイベント会場、会議室が並ぶ。そのうち、200人ほど収容可能な会議室「藍の間」では、背広姿の男性5人とホテル従業員が、午後2時から予定されている記者会見の準備をしていた。

 会見まで、1時間を切っていた。


 会見を主催するのは、米国の著名な「ショートセラー」であり、空売り組織とも呼ばれる「マディ・リサーチ社」。前夜、全国紙、通信社、テレビ局、IR専門記者らに、「丸菱商事の不正会計について」と題した招待状が届いていた。

 「出席」の連絡をした報道関係者は85人。カール社長は前日の夕方、自家製ジェット機で米国から成田空港に到着していた。


 テレビカメラのセッティングは1時間前から始まり、会見15分前には記者席が埋まった。全日本テレビ社会部の大神、朝夕デジタル新聞経済部の平賀も出席していた。株式市場への影響は避けられず、東京証券取引所の関係者まで報道陣に紛れていた。


 午後1時55分、カール社長が会場に姿を現した。カメラのフラッシュが一斉に光り、シャッター音が響く。テレビカメラが社長に向けられ、撮影が始まった。


 午後2時になった。司会者によって紹介されたカール社長が、前方の椅子から立ち上がり、登壇しようと階段を上がり始めた。

 その瞬間だった。


 入口付近で女性の甲高い悲鳴があがった。何事かと皆が後ろを振り返った。

 「おらー」と何かを叫びながら4、5人の男が会場に乱入してきた。後方の椅子を片っ端からなぎ倒しながら叫んだ。

 「おらおらおら! いいがかりも大概にしろ。デタラメ会見反対!」

 「はーい、みなさん、解散ですよ。こんなインチキ会社の会見、聞いても無駄ですよ!」


 記者たちは一斉に立ち上がり、壁際に避難したり、小型カメラで撮影したりした。男たちが、空いた椅子を振り回して投げつけ、後方に設置されたテレビカメラの1台が倒されそうになった。


 「危ない!」と大神が叫び、カメラを支えようと飛び出したが間に合わず、体勢を崩してカメラごと倒れ込んだ。


 壇上のカール社長を取り囲んでいた社員たちは慌てて前方のドアを開け、社長を会場の外へ連れ出した。記者会見はそのまま中止になった。

 会場を荒らした男たちは、駆け付けたホテルの警備員ともみ合ったが、押しのけるようにして会場を飛び出し、エスカレーターを駆け下りた。110番通報を受けた警察が駆け付けた時には、すでに男たちは待機させていたワゴン車で去った後だった。


 マディ社はその後、記者会見で発表する予定だった内容をネット上で公開した。丸菱商事の不正会計を告発するものだ。半年以上にわたって日本のコンサルティング会社と、米国の証券会社の子会社の2つの調査機関を使って調査を続けてきたという。


 丸菱商事は巨額の損失を隠蔽し、それを補填するために投資やM&Aを悪用。中には買収価格を通常簿価の数十倍に設定し、その差額を損失補填に使うという悪質な手口もあった。現状の株価3000円は経営の実態を反映しておらず、過大評価だと指摘された。


 特に、米国のベンチャー企業が進めていたAIによる防衛関連事業への1400億円投資案件が、組織的隠蔽のきっかけとして挙げている。この事業は巨大なIT企業、自動車の大手メーカーのほか、著名な資産家らを発起人として、世界中の企業や投資家から巨額マネーを集めてスタートした。丸菱商事は最大級の出資者となった。

 

 しかし、当初ベンチャー企業が宣伝していた米国の防衛産業による全面的な支援や連携は、実は全く進んでいないことが間もなく判明。研究活動に携わる予定として名前が出ていた科学者や技術者、大学教授らとも条件面で折り合わず、次々に参加が見送られた。その結果、事業は頓挫し、まるで詐欺同然の結末となった。


 世界中から集めた7000億円を超える投資資金の使途も不明朗なまま、別のベンチャー企業が後を引き継いだが、その後の事業展開はおよそ順調とは言えなかった。


 丸菱商事の投資は巨額だったが実態は駆け込みで、外部にファンドを組成してそこを通して投資した。このファンドの設立者が米国でかつて大規模な企業詐欺を働いたグループの一員であることが後でわかった。

 事業が行き詰まった時のリスクを踏まえた契約を結んでおらず、結果的に投資分はほとんどが水の泡と消えることが確実となった。丸菱商事は、この巨額損失の確定を先送りし、4年以上にわたって隠し続け粉飾決算を続けてきた。


 マディ社のカール社長は、宿泊していた赤坂のホテルで駆け付けた記者らの囲み取材に応じた。

 「さまざまな不正が行われているのに、取締役会で話し合われた形跡がない。株主への背信行為だ。我々の主張はネットで見てくれ。調査結果の内容には自信がある。みなさんがそのまま報道したとしても問題にならない。事実だからだ。記者会見の混乱ぶりをみなさんはその目で見ただろう。世界中どこでもあのような暴挙は経験したことがない」


 カール社長は、記者会見を妨害したのは丸菱商事であると断定し、警察に告訴するとした。混乱の模様は、日本の主要な報道機関すべてが目の当たりにし、ニュース映像はそのまま世界を駆け巡った。


 全日本テレビでも、速報として軽いけがをした大神記者による現場レポートが生で流れた。新聞社出身としては落ち着いたレポートだったが、映像がショッキングで何度も繰り返し放送された。


 丸菱商事の広報部は「マディ社の記者会見を妨害したのは当社の社員でもないし、当社と関係する人たちが起こしたものでもありません。いかなる事情があっても、暴力には断固反対です」と即座に関係を否定するコメントを出した。


 さらにマディ社がネットで経営に不正があったとの主張については、昼の段階では、「ノーコメント」としていたが、夜になって、「マディ社の主張は一方的で誤りが多い。さも事実のように報道することは避けていただきたい。当社は投資案件について手続きにのっとり正当な経済活動として行ってきており、問題はないと考えています」と反論した。


 メディア側にすると、マディ社が指摘した不正の具体的な事例についてそのままニュースにするにはインパクトが大きすぎた。丸菱商事による説明が欲しいが、公式コメントは「一方的で誤りが多い」というだけ。それで納得する記者はいない。丸菱商事は「後日会見で説明する」と約束せざるを得なかった。


 丸菱商事は当初、マディ社の記者会見については無視する方針だった。マディ社は存在感を示しつつあるものの、日本の株式業界では、まだ異端児的な存在だったことから、報道もそう大きな内容になるとは思えず、無視することの方が得策というのが社長の見解だった。しかし、会見が暴力で中止に追い込まれたことで、かえってその中身まで注目を浴びることになった。


 それにしても、会見をめちゃくちゃにしたあの男たちは誰だったのか。


 警察の調べで、暴力団羽谷組の犯行であることが間もなく判明した。想定外の展開に丸菱商事の対応が遅れたことが致命的となった。


 株価は下落の一途をたどっていった。





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