宿命報道#33 ■羽谷組は、ブルドッグ/キャンキャン吠えずに、一撃で倒す
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
吉嵜がまとめたカーニバル社・霧島社長取材のメモは、テレビ局だけでなく朝夕デジタル新聞社の取材チームにもメールで共有された。
すぐに新聞社警視庁キャップの興梠から電話がかかってきた。
「丸菱商事に食い込もうとしているもう一つの勢力が羽谷組だったとは。よく聞き出せたね。共和会の話は出てきていたが、本命は羽谷組だったのか。幸田氏殺害について共和会が頑なに否定していたので、おかしいと思っていた。これは殺害の決め手になるかもしれない」
吉嵜も応じた。
「私たちの取材でも、羽谷組の名前はまったく出てきませんでした。丸菱側はなんとしても隠しておきたかったのだと考えられます」
「それだけ深い関係になってしまっているということか。だとしたら、すでに相当侵食されていることになるな」と興梠。
「羽谷組がいかにして丸菱に入り込んだのかが不明です。弱みを握ったとしか思えない。極秘情報をつかんでは流している黒幕がいるとしか思えません」
「こちらも引き続き警察の方をあたっていく。また情報交換していこう」
テレビ局の記者に対しては上から目線だった興梠に、明らかな変化が現れていた。吉嵜が羽谷組の存在をつかんだことで、興梠の評価は一変した。
翌日の夕方、興梠から吉嵜と大神に新聞記事のコピーがメールで送られてきた。2日前の東京中央新聞朝刊に掲載された記事だった。東京都内版の最下段、広告面のすぐ上に載った「ベタ記事」だった。
見出しは「会社員、路上で刺されて大けが 新宿 歌舞伎町」。
25行のよくある事件発生を知らせる記事だ。逮捕されたのは、暴力団羽谷組の組員だった。
興梠からすぐに電話があった。
「このニュース、うちの新聞はボツにしていた。単なるけんかということで記事にするほどのニュース性はないとの判断だった。掲載されたのは東京中央新聞だけだった。羽谷組のことが気になって調べ直したら、刺された会社員はカーニバル社の社員で、暴力団『共和会』の準構成員だった。さらに調べると、この2カ月で羽谷組と共和会との間で10件以上もいざこざが起きていた。共和会の組幹部の自宅には弾跡も見つかっているし、羽谷組員にも負傷者が出ている。吉嵜君が遭遇した大阪・ミナミの銃撃事件も含まれる。もう、本格的な抗争と言っていい」
警視庁組織犯罪対策部は、羽谷組と共和会の事務所を一斉に捜索し、抗争の当事者を次々に検挙していった。
抗争のきっかけについては、両組織とも「新宿・歌舞伎町での組員同士のけんかが発端」と説明している。
吉嵜はその発表を言葉通りに信じていない。丸菱商事という総合商社をめぐる利権争いが導火線になったことは明らかだった。
吉嵜は鏑木警部補に連絡をとり、築地署で会う予約を取り付けた。大神とともに築地署に行くと、会議室に通された。昼間に署内で警部補に取材することは通常できない。大神が、亡くなった幸田氏の妻から預かった「備忘録」をすぐに提出したことで、好感を持たれて会ってくれるようになった。
すでに大神も鏑木からの事情聴取を受け、丸菱商事の取材経過について説明していた。その席で柳本専務の失踪について大神の方が根掘り葉掘り質問。鏑木は「捜査内容は答えられない」と閉口しながら、大神の見立てを聞いて「鋭い感性を持った記者だ」と感心していた。
吉嵜は早速、羽谷組による抗争の新聞記事を見せて尋ねた。
「羽谷組と共和会の抗争が起きています。丸菱商事が買収した『岡本貿易』のバックに羽谷組がいることはつかんでいます。背景は丸菱商事をめぐる利権争いで間違いありませんか。『丸菱商事は羽谷組のものだ。共和会は手をだすな』という意思表示なのでしょうか。逮捕された羽谷組員はどう説明しているのですか」
「実行犯はみな下っ端だ。上からの命令で動いている。なぜ襲撃するのかなんて知っている奴はおらんよ。知ってても知らん顔だ。羽谷組は丸菱の『与党』のような気持ちでいるのかもしれないな」
大神が言った。
「反社会的勢力による侵食であったとしても、カーニバル社は経済活動の延長線でのアクシデント。一方、岡本貿易の方は、羽谷組が計画的に食い込みを謀っているように思えます。意味合いが違うように思うのですが」
「羽谷組が出てこなかったら、共和会が丸菱商事に入り込んでいただろう。企業としては超一流でも、トップが腐りかけると案外脆いもんだ。暴力団も大企業に入り込めれば億単位の金を動かせる。資金源が枯渇してきている中で、これほどおいしいシノギはない。絶対に手放さないだろう」
「抗争に戻りますが、大半は羽谷組が加害者のよう。共和会側はなぜやられる一方なのですか」。大神が聞いた。鏑木はしばらく黙った後、意味深なことを言った。
「スピッツみたいにキャンキャン吠えるのは怖くない。本当に怖いのは、ブルドッグみたいに黙っていて、やるときは一撃で相手の息の根を止めるやつだ」
「共和会はスピッツというのですか」と大神が言った。「ブルドッグが羽谷組」と吉嵜が続いた。鏑木がうなずいた。
「みなさんもくれぐれも気を付けてください。ブルドッグは誰であっても遠慮ないですからね。それはそうと、幸田さんの『備忘録』を提出していただきありがとう」大神に礼を言った。「うちの捜査員も、あんな大事なものを押収せずに置いてくるなんてなってない。あれは貴重な資料です」
「そう言えば」と大神が思い出したようにさらっと聞いた。
「『マンションの玄関に女性のものと思われる長い髪の毛が落ちていた』と幸田晴美さんが言っていました。鑑識は押収して分析を終えているのですか?」
その瞬間、鏑木は顔が凍り付いた。鑑識からの報告書は何度も読み返しているが、「長い髪の毛」についての記載はなかった。
「まだ私は聞いていません。どこに落ちていたと言われてましたか?」
「玄関のドアの真下付近です。ドアの開け閉めをしていれば外に飛んで行ってしまうような場所だそうです。晴美さんはいったん拾ったが、また元に戻したようです」
「確認しておきます」と言いながら、鏑木はまだ動揺を隠せなかった。殺人事件だった場合、その影に女の存在があった可能性が出てきたのだ。そうなれば決定的な「証拠」を鑑識が見落としていたことになる。「備忘録」の存在もそうだが、現場の捜査員の緩みに憤りを覚えた。
鏑木は平静を装いながら言った。
「お二人とも熱心で情報も提供していただいているので、ひとつサービスしましょうか」
「ぜひ、お願いします」と吉嵜は期待を込めて言った。
「実は、幸田さんが亡くなった2日後、1人の羽谷組組員が成田空港からフィリピンに出国しているんですよ。私の独り言はこれだけです。すでに新聞社がつかんで、警視庁捜査一課に当ててきていますね」
「それって、幸田さんが殺害されたとした場合の重要参考人になるのでしょうか?」と大神がびっくりして聞いた。
「可能性があるということだけです。この組員が殺害に関わったという証拠は今のところなにもない。まったく関係ないかもしれない。国際指名手配もできません。フィリピンの警察に捜査協力は要請していますし、こちらからも捜査員を派遣していますが、組員を確保したという連絡はありません」
「ニュースにしてもいいですか?」と吉嵜が聞いた。
「構わないが、警察は記事に責任をもちませんよ。観光で出国したのかもしれないしね」
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