宿命報道㉖ ■オフレコ前提にペラペラ話す取材先/不自然な取引続々/貿易、建設、不動産……
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
新聞社との打ち合わせを終えた吉嵜は、丸菱商事による投資とM&Aについて集中的に情報収集を始めた。反社会的勢力が入り込む余地がどこかにあるはずだ。それを突き止めなければ先に進めない。
吉嵜は大神、経済部の古畑靖とともに資料の整理をした。
昼間は朝夕デジタル新聞社から提供された「極秘」資料を参考に、ここ数年分の有価証券報告書やIR資料、決算書を徹底的に精査。夜は、丸菱商事の幹部宅を夜回りし、疑問点を直接ぶつけた。
質問する側が問題点を理解していなければ、答える側も曖昧な対応になるが、資料を読み込んだ上での鋭い質問には、相手も真剣に応じる。
取材相手で共通するのは、自分の担当に関わる業務については口を濁すが、担当外の話題になるとオフレコを前提に口が滑らかになることだった。社長の「秘密主義」への不満を語る役員もいた。
「オフレコ」と言われても、複数の人からも同じ内容を聞き出せれば、その縛りは解除される。取材する当事者から「誰がそんなことを言っているのか」と聞かれたら、「みんなが言ってますよ」と言えばいい。
吉嵜らは会議室にこもり、過去5年間のM&Aと50億円以上の投資案件をひとつずつチェックしていった。黙々と集中して資料の束を読み進める中、「あれー、これって、おかしいよね」と大神が首を傾げた。
資料のタイトルは「霞ヶ関建設」。3年前に買収したが、買収価格が簿価の50倍に達していた。しかも買収前に示された5年間の「売上目標」は、現実離れした上昇カーブを描いていた。
「上昇カーブの根拠が明確になっていないし、買収金額の高さは異常。よく取締役会を通ったものだわ」と大神。古畑も「確かに。霞ヶ関建設の経営は相当厳しいと業界で噂になっている。作為を感じる」と応じた。
「ほかにも異常な高値で買収された案件がないか洗い直そう」と吉嵜が言い、焦点を絞って改めてすべての案件を調べ直した。巨大商社だけに件数も額も桁外れだったが、その中で、不自然な額で取引したケースや、継続交渉中の5つの案件がリストアップされた。
① 【デューダ社】
広告宣伝・コンテンツ制作会社。年間売上80億円、従業員は100人。2年前に東証一部に上場。関連会社にイベントを幅広く展開している「カーニバル社」がある。カーニバル社は東京ドームや大阪城での音楽コンサートや著名人を招いたイベントを多く手がけ、マスコミの注目を集めている。買収額は250億円で現在、交渉が進行中。
② 【岡本貿易】
フィリピンやタイ、台湾からのタピオカ輸入を主力とする食品輸入会社。バナナ、オレンジなども扱い、健康食品、美容商品も展開。年間売上60億円。簿価の100倍に相当する250億円で買収交渉中。
③ 【霞ヶ関建設】
経営不振の建設会社。丸菱商事から経理局長ら5人を送り込んで経営立て直しを図るも、業績は改善せず、巨額の追加投資が続いている。丸菱商事の「お荷物」といわれているが、なぜここまでの過剰な資金投入が行われたのか問題になっている。
④ 【フランス・ドーロン社】
欧州で成功している医療機器販売会社。M&Aの成功例として挙げられているが、買収金額は450億円と高額。仲介者に全体の4割に相当する報酬が支払われており、キックバックがあった可能性がある。
⑤ 【中国・フー社】
不動産会社。簿価の50倍で買収。系列会社が数十あり、業務内容に不透明な点が多い。カントリーリスクも高く、買収後の経営は思わしくない。フー社にわたった巨額マネーが何に使われているのか不明な点が多いが、社内では問題案件としては扱われていない。
吉嵜は、この5社について直接取材するよう、柏木と米田に提案した。高額買収の背後に何が隠されているのか。「のれん」を巧妙に使った簿外損失補填の手口が過去にあった。同様な手口が丸菱商事でも使われた可能性がある。
朝夕デジタル新聞社の方でも企業への取材を進めることになり、手分けすることになった。テレビ側は、「デューダ社」「岡本貿易」「霞ヶ関建設」を、新聞社側は海外に拠点があることもあり、フランスと中国の企業を担当することになった。
岡本貿易は現在進行で交渉が進んでいた。タピオカを輸入しているが、ブームが落ち着き、ここ数年は業績が低迷していた。取材を申し込んだが「今まさに交渉の大詰めの段階で話せない。そもそもこの情報をどこから入手したのか。丸菱商事から漏れたのであれば、インサイダー取引の疑いがある」と反発してきた。
霞ヶ関建設も取材拒否だった。これまでにも何度も取材に応じ、新聞、テレビ、雑誌に取り上げられてきた。その中で昨年、新聞社と雑誌に取り上げられた時の特集記事は「経営難の霞ヶ関建設が政治家や官僚に闇献金を繰り返している」「使途不明金が巨額にのぼり、一部役員の個人口座に振り込まれている」などという内容だった。
広報部は「根拠のないデタラメな記事であり、一方的な批判に終始している。その影響で株価が下落し、経営に悪影響をもたらした」と主張。こうした経緯があり、以後、「取材には一切応じていない」と言った。取材班は、夜回りをして事実関係を確認するかどうかを検討したが、いったん置いておいて、「デューダ社」の取材を優先した。
広告会社「デューダ社」も継続中の案件だった。買収予定価格は250億円前後で最終の詰めが行われている。上場するにあたって不適切な会計処理を繰り返したとして、東証の監理ポストに入っていた。株価は暴落し、資金繰りがつかず経営に行き詰まった状態だ。株主代表訴訟を起こすための賛同者を募る呼びかけがネットを舞台に行われている。買収は丸菱商事側に有利に進むはずが、実際の買収額はかなり高い値段がついている。
その後の取材で、朝夕デジタル新聞の警視庁キャップが打ち合わせの場で言っていた反社会的勢力と関係のある企業とは、デューダ社の100%子会社であるカーニバル社のことだと判明した。
カーニバル社がフロント企業であり、バックに広域暴力団・共和会が控えているという構図が浮かび上がった。
吉嵜と大神は、デューダ社を直接取材することにした。
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