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宿命報道#25 ■「役員は何もわかっていない」/記者、居酒屋で言いたい放題 ネットも調査報道で実績

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 新聞とテレビの協業会議の後、新聞社近くの居酒屋で懇親会が開かれた。昼の打ち合わせの参加メンバーに加えて、大神の大学の先輩でネットニュース専門会社「スピード・アップ社」の河野進も飛び入りで参加することになった。

 

 打ち合わせが終わった直後に、大神のスマホに、河野から「夕方、食事に行かないか」という誘いの電話が入ったのだ。河野が好意を持つ大神に久々に会いたくなったのと、もう一つの目的は、丸菱商事に関連する疑惑についての情報収集だった。河野は「スピード社」で、この案件を担当しており、責任者でもある。これまで何度も大神に問い合わせてきた。


 大神は、未発表の情報は言えるはずもなく、既報の内容を整理して説明していたが、河野にとってはそれで十分だった。全体像を把握できるだけでもありがたかった。

 大神が、「新聞とテレビの取材チームのメンバーと一緒にいる」と伝えると、河野は「取材チームのみなさんにぜひ、挨拶をしたい」と言ってきた。大神から河野のことを聞いた柏木は、「それなら、夜の飲み会に同席したらいい」と快く誘った。


 こういうおおらかなところが柏木らしい。飲み会では、仕事に関する極秘の話はまず出ないので問題ないだろうと全員が同意し、河野の参加が決まった。

 居酒屋では長テーブルを囲んだ。座る席はばらばらだったが、河野は相当緊張していて、大神の隣に自ら進んで座った。


 大神が「スピード社で丸菱商事問題の担当をしていて、『専務 失踪』の一報を抜いたネット業界の特ダネ記者です」とやや大げさに紹介すると、河野は頭をかいて、「あのネットニュースをうった直後は、由希からは、あっ、いや大神さんからは『信用できない』と言われたんですよ。結果的にスクープになって、社長から表彰されました」とうれしそうに語った。


 「2人は恋人同士か」と柏木が茶々を入れると、河野は「まあ、そんな感じですかね」と照れたが、大神はきっぱりと「違います。大学の先輩、後輩というだけの関係です」と言い放ち、みんなの笑いを誘った。


 乾杯した後、新聞社の田中デスクが話し出した。

 「丸菱問題では全日本テレビのスタートダッシュがよかった。専務のインタビューは衝撃的だった。宇都宮の工場誘致をめぐる汚職疑惑は本来、新聞が書いていかなければならないネタだ。あれは相当前から潜行取材をしていたのか?」

 柏木は「取材の潜行期間はそう長くなかった。吉嵜と大神がダメ元で専務にあたったところ、あっさり認めたのでスムーズにいった珍しいケースです」と答えた。


 「今回の丸菱商事の取材は何人でやっているの?」と田中デスクが尋ねると、川本社会部長が応じた。


 「専従は5人。ほかに警視庁担当や経済担当が動いています。強力な態勢が組めずに困っています。人事局に異動になった吉嵜を呼び戻したところです。朝夕デジタル新聞は調査報道では常に先頭きっていますよね。これまで次々と不正を暴いてきた」


 調査報道といえば、かつて新聞の専売特許だった。本場アメリカでは、60年代後半から70年代にかけて、「ペンタゴン・ペーパーズ」の暴露やウォーターゲート事件など、歴史に残る調査報道が相次いだ。だが、80~90年代にかけて、経営効率化の波に押されて、調査報道は勢いを失っていく。2008年のリーマンショックで世界的な不況となると、米国では企業の広告費が減らされ、新聞経営は大打撃を受け、コスト削減のためのリストラが進んだ。ターゲットにされたのが、調査報道にあたっていた記者だった。


 その一方で、NPO(特定非営利活動法人)やNGO(非政府組織)のニュース組織が次々に立ち上がった。主にネットを舞台に活躍。2016年の「パナマ文書」報道は、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が中心となり、世界中のジャーナリストが共にデータを分析、一斉に報道した。

 日本でもこれまで、「リクルート事件」「薬害エイズ事件」「大阪地検特捜部証拠改ざん事件」などで調査報道が真実に迫っていった。


  森社会部長が話す。「バブル期は世の中、お金がうなっていた。銀行から資金を借りまくったバブル紳士が跋扈して、汚れた金にまつわる政治家のスキャンダルは、ごろごろ転がっていた。経済が低成長時代にはいると、金にまつわる通報、告発が減った。同時に新聞の経営が怪しくなってきた。経費削減の嵐の中で、調査報道をしたことのない役員たちが『新聞が生き残る道は調査報道だ』と言い出した。ちゃんちゃらおかしい。日頃の取材活動がきちんとできているのかどうかが、最も大事なことだ。記者教育、調査報道を担えるデスク、記者の発掘、取材態勢など総合力を結集しなければできない。基本のキを疎かにしていきなり調査報道はないでしょう」


 アルコールの勢いもあるが、上層部批判ともとれる発言だ。調査報道を担当してきた田中デスクも同調した。


 「調査報道には、大きなリスクがつきまとう。チームが独走して訂正やおわびを出す事態になるとダメージは計り知れない。社会が複雑化し、価値観が多様になっている今、相当、力のあるデスクが指揮をとらないと、抗議や批判の嵐の中でつぶされてしまう。実際、うちもつぶれかけた」


 新聞社が持つ情報量は多い。ただ、すべてが記事になるわけではない。裏づけられたものだけが記事になるのであって、その大半がメモのまま、記者個人のパソコンやノートにデータとして残ったままになっている。


 ネットでは「新聞は多くの情報を握っているのに、大半は記事にしない。権力の都合が悪いところは握りつぶしている」という批判が多く出る。


 実際には、出し惜しみしているのではなく、記事にするハードルがどんどん高くなっているのだ。訴訟リスクを考えると、なかなかゴーサインが出せないケースが増えてきているのが現状だ。


 「テレビも同じです」と米田統括キャップが言った。


 「かつてはじっくりと根を張って取材する余裕があった。ドキュメンタリー班も専従であった。でも今はない。上層部は、記者全員が日々のニュースを追いかけながらでもドキュメンタリーも調査報道もできるという。意識の持ち方の問題だとね。まったくわかっていない。いい人材をじっくりと育て、時間と金を使わなければ良質な作品はできない。本人のやる気だけでは限界がある」


 「最近はインターネットのニュース会社も調査報道に力を入れているよね」と大神が河野に話を振った。じっと聞いていた河野は出番がきたという感じで話し始めた。


 「調査報道の定義にもよりますが、ネットの世界では、可能性は無限大だと思います。ネットを駆使して情報をうまくコントロールできれば、それだけで不正を暴くことができる時代がきた。成果をあげたケースが世界中で報告されている。パナマ文書もその代表格だ。私の会社も日々のニュースをリライトして流すだけでなく、調査報道も実践して、経験を積んでいるところです」と言った後、「ネットジャーナリズムもこれから飛躍していくためには、新聞社やテレビ局を批判するばかりではなく、協業していく道を探るべきだと考えています」と話した。


 大神は「あれっ」という顔をした。先日、居酒屋で、大神が河野に言ったセリフだった。河野は、酔っていても大神の話はきちんと聞いていたのだ。


 「スピード社は今、どんな体制でやってるんだ?」。柏木が聞いた。

 「記者は5人です。新入社員が2人、元新聞記者と放送記者OBが3人。あとはアルバイトというか、ボランティアです」


 「経営は?」

 「大手企業の下部組織やベンチャー系は、そこそこ資金力はありますが、スピード社は独立系で経営は苦しい。広告収入や寄付を募ってなんとかやっています。わたし自身、いまだに親のすねをかじっている状態です。クラウドファンディングを立ち上げようかと思っています」


 「専務失踪のニュースの後も、楢崎社長とかに突撃取材を敢行していたよね。とてもインパクトがあった」と興梠警視庁キャップが言った。楢崎社長が横浜市青葉区の自宅に深夜に帰ったところを捕まえたシーンだ。


 「動画、観てくれましたか。あれ、僕なんです」と河野。みんながスマホを操ってそのシーンを画面に取り出す。


 社長の自宅でのやりとりだった。

 「専務の所在はまだつかめていないのですか?」と河野が聞いている。

 「つかめていない」と社長。

 「幸田本部長が亡くなった事件で、社長が隠していることはないのですか?」

 「あるわけないだろ」

 「投資をめぐりさまざまな疑惑が持ち上がっていますが、社長はすべてを承知していたのではないですか」

 

 矢継ぎ早に聞いていったが、以後、社長は「ノーコメント」だった。


 「勝手にカメラを向けるのはやめろ」とどなり、最後に「広報を通してくれ」とお決まりのセリフを発して、門扉を開けて屋敷の中に入っていった。「広報を通せば、会ってくれるんですか」と背中に向かって叫んだが、それにも答えないままだった。


 社長は中身のあることは何も話していない。しかし、やりとりに内容はなくても、否定した事実は動画として残る。その臨場感が見るものを惹きつけ、再生回数は100万を超えた。


 社長のつっけんどんな態度にネット民からはすぐに「あの態度はなんだ」「社長ならばきちんと話すべきだ」という批判の声があがった。


 アルコールが入ると時間が経つのが早い。柏木が中締めで言った。


 「新聞は、長くジャーナリズムの担い手として影響力を行使してきた。権力チェックの機能を果たしてきた。確固たる思想をもって突き進んできた。一方、ネットの隆盛で、メディア界の構図に大きな変化が出てきた。スピードはネットが最も得意とするところとなったが、取材力という点ではまだまだだ。テレビの報道は、両者の間に入って、結びつけながら引っ張っていく役割が求められる。丸菱商事の諸問題は根っこが深いが、新聞、テレビ、ネットが団結して成果を挙げることができれば、新しい調査報道のあり方を示すことにつながるのではないか」




お読みいただきありがとうございました。

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