宿命報道#22 ■現場デスクVS優柔不断な報道局長/「報道も営業マインドが必要だ」と社長/厳しさ増す調査報道の現実
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
報道は過熱する一方だった。
丸菱商事の幸田本部長が亡くなり、柳本専務の失踪と続いた背景に、とてつもない不気味ななにかがあるというのは、誰もが感じていた。しかし、その真相は藪の中。巨大商社を舞台にした「ミステリー小説」のような展開に、世間の関心は一気に高まった。
「丸菱商事の謎」というワード自体がトレンドになり、扱うニュースはどんな内容でも、ネットランキング上位を占めた。
さらに、柳本専務が柔道の有段者で二枚目然としていることから主婦層や若い女性の関心も呼び、「専務 愛人と逃避行か?」といった根拠のない「憶測記事」がネットで拡散した。テレビのワイドショーでも連日取り上げられた。「丸菱ネタ」を扱うと、視聴率の折れ線がピンと跳ね上がることを、各局のプロデューサーたちは見逃さなかった。
各社一斉にあの手この手でニュースに仕立て、結果的に「横並び」と言われる事態を招いている。広報担当の永野洋子は、「美人弁護士」として頻繁に登場した。週刊誌も参戦した。新聞広告の見出しには「幸田本部長の死の真相 迫っていた闇勢力」「不祥事続出の丸菱商事 楢崎社長の求心力に陰り」という派手な表現が躍った。
世間の関心が高まるにつれ、テレビ、新聞、ネット、雑誌の報道チームはそれぞれ取材班を強化していった。これまでは、報道の中身や正確性、演出力という点で全日本テレビが一歩リードしていた。工場誘致疑惑で先陣を切ったことが大きかった。
「一報」を書いた社が勢いで先頭を切るのは当然だが、そのニュースが広がっていけばいくほど、その「一報」の評価はぐんぐん上がってくる。逆に言うと、一報さえ抜けば、その後の続報で多少抜かれたとしても許されたりする。
なんとも不思議な世界だ。
賞レースでも有利は動かない。一方、他局といえば、当初は、「どうせ抜かれの後追いだ」「賞にありつけることはない」といった諦めムードが漂っていた。
しかし、2人の「主要人物」の異変で状況は一変した。各社とも上層部からの業務命令のような形で本腰を入れ始め、態勢が強化されていった。
先頭を切っていたはずの全日本テレビの社会部デスク・柏木は、逆に危機感を募らせていた。続報記事の質が散々なのだ。重要な情報がとれないばかりか、他社が書いたニュースや記事の裏がとれず、すぐに追いかけることができないことがたびたびあった。
特に痛かったのが、全国紙の読愛新聞が「幸田氏、反社会的勢力とトラブル 丸菱商事の投資案件めぐり」という特ダネをうってきたことだった。
「丸菱商事の投資案件で、反社会的勢力とトラブルになっている。無理難題の要求をされて、幸田・投資戦略本部長が矢面に立たされていた」といった内容だった。
相当ディープな本筋の記事だ。全日本テレビも大神らの取材で、トラブルを抱えて柳本専務も幸田氏も追い詰められていたという情報は入手していたが、具体的な話までは詰められずにいた。
読愛新聞が記事にしたということは、記事では触れていないが、この反社勢力がどこなのかをつかんでいる可能性が高い。すでに直接取材に入っているかもしれない。
そうなると、次に予想されるのは「幸田氏殺害の容疑者浮かぶ」という決定的なスクープだ。こんな見出しの記事を書かれたら、事件の本筋を追う競争で逆転負けを喫してしまう。
しかも、「反社会的勢力とトラブル」の記事が出た後でさえ、反社勢力がどこを指しているのか、どんなトラブルがあったかなど全くつかめていない。記者たちをみても、多くは指示されるまで、あえて追っかけようとしないばかりか、「今日、晩飯どこに食べに行こう」とか悠長に話している。
特ダネ合戦の最前線で生きていた柏木にとっては、肝心なところで負けることは絶対に許されないことだった。心配の種は尽きない。どんどんマイナスのことばかり考えてしまい、深みにはまっていく。柏木はこのところ夜も満足に眠れない日々を送っていた。
事件取材に限っては、新聞社と本気で勝負しても勝てない。新聞社の方が記者を数倍の陣容で抱えている。しかももともと「記者採用」であるから、長く記者を続け、得意分野ができ、人脈は増え続けていく。
一方、テレビ局の場合は、報道記者で一生終わることは稀で、一定の年限が来ると、別のセクションに回る。専門記者がなかなか育たない背景の一つはここにある。だが、「かなわない」と嘆いてばかりいても仕方がない。
柏木は川本浩・報道局社会部長に声をかけて2人で、藤本一郎・報道局長に会いに行った。
局長室で柏木はまくしたてた。
「丸菱商事のキャンペーンを強力に続けるべきです。取材態勢を強化して、徹底的にやりましょう。軍資金も用意してください。反社会的勢力が大企業に侵食している可能性がでてきています。すでに読愛新聞のように『特ダネ』を書いてきている社もある。かつてない事件に発展する可能性があり、報道各社ともエース級を投入してきています。朝夕デジタル新聞社とも連携する必要があります。出向できている大神が今、取材チームの中核になっているので、連携はしやすい。今はテレビだ、新聞だと張り合っている場合ではない。正直言って、新聞社の情報が欲しい。特に警視庁と経済関係の情報は欠かせない。ネットメディアとの連携も必要になってくるかもしれない」
しかし、藤本報道局長の反応は、柏木の予想に反するものだった。
「今でも報道局は十分やっているじゃないか。このままでいい。丸菱商事をたたきすぎるのは社の上層部がよく思っていないんだ」。藤本は入社後最初の配属は報道カメラマンだったが、その後、報道の記者、営業、スポーツ、経理を転々とした。数字に強く、社長の「報道も営業マインドを持つべきだ」という方針で、1年前の人事異動で報道局長に抜擢された。
「それは丸菱が大スポンサーだからですか」と柏木。
「まあ、そういう面もあるだろう。疑惑の追及をやめろとは言っていない。これまで通りにやればいい。新聞社との連携は必要ない。新聞記者はスポンサー企業との関係とか広告事情なんて全く考えていない。企業の知名度があればたたきがいがあるぐらいにしか思っていない。企業犯罪へのアプローチが新聞とテレビでは全然違うんだ。今のままでいこう。発生したことを正確に報道していこう。警察が発表すれば、そのまま報道し、背景をコメンテーターに解説してもらえばいい。新聞社が特ダネを書けば、それを追っかければいい。朝の情報番組では、新聞早読みチェックコーナーがあるじゃないか。あれだって新聞社に馬鹿にならない金を払っているんだから大いに活用すればいい。事件が広がれば、その段階で取材チームを増員すればいいじゃないか。今までうちはよくやっているよ。圧勝といってもいい。そうだ、報道局長賞を出そう。規定で10万円がでる。みんなでわーとやったらいい」
柏木はあきれ返ってしばらく言葉が出なかった。これが報道局長の言うことかと思うと悲しくなった。
テレビ業界も年々、経営に余裕がなくなっているのは確かだ。国内のインターネット広告費はテレビメディアの広告費を超えて久しい。特に利益率の高いスポット広告が減少傾向にあることは大きな痛手だった。
そのため、放送局はどこも、放送以外の収入の道を探っている。不動産事業のほか、ネットテレビ、イベント重視、ネットを使ったスポーツ同時中継、M&A、テレビコンテンツを生かした収入拡大、アジアをねらった戦略、有効な土地を使った開発、放送とは関わりのない新規事業への投資……。
こうした背景の中で、特に「調査報道」に力を入れる余裕がなくなっている。人も金も割けないという兆候が如実に現れ始めている。報道を経験したことがない経営幹部が言うのならまだわかる。報道現場の最高責任者の局長がこのざまだ。
柏木は強い口調で言った。
「私たちは企業をたたいているのではない。不正をたたき、背後に隠れている闇の勢力をあぶりだそうとしているのです。調査報道の力が問われている。報道機関として放っておくわけにはいかんでしょ。視聴率だって丸菱商事を特集した時は跳ね上がっています。スタート時、大神らの活躍もあって、この案件は『全日案件』って言われているんです」
「結局、それが『企業たたき』になるんだ。わからん奴だな」と報道局長。
柏木の訴えは届かなかった。
柏木は局長の優柔不断な態度に怒りがこみあげてきた。かつてはこんなことはなかった。記者時代は取材源に食い込むしぶとい記者だった。上司にもずけずけと自分の思いを主張した。
それが局長に抜擢されたとたん、上からの圧力に急に弱くなった。実際、営業出身の社長からしょっちゅう呼び出されて、叱られているのを局長本人が部長やデスクに嘆いていた。
一方、社会部長の川本は、柏木の言うことを理解していた。なんの収穫もないまま局長室を出た後、川本は言った。
「思い通りにやればいい。実際、スタートがよかったから、まだうちは耐えている。営業がうるさく言ってくるかもしれないが、局長にはしばらく泣いてもらおう。報道担当役員はもう少し理解があるから、態勢については、これからは局長を飛ばして役員に話す」
柏木は「ありがとうございます」と礼を言った後、最も言いたかったことを口にした。
「取材チームに吉嵜を加えたいのですが。彼の無謀なまでの突破力が今のチームには必要です。現状、大神が1人で奮戦していますが、吉嵜とのコンビ復活で取材力が格段に跳ね上がります」
「わかった。『態勢強化』とお前が言った時、吉嵜のことだと思ったよ。おれが人事部長に根回ししておく。報道担当役員からも言っておいてもらうから」
吉嵜の報道局への復帰はなるのか――
柏木は祈るような気持ちになっていた。
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