宿命報道#21 ■「カラ売りファンド」が本格調査/権力闘争 社長に対して責任追及の狼煙
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
永野らが社長室を退出した後、経理担当常務の高藤宏が呼び出されて入室した。柳本が楢崎社長の右腕なら、高藤は左腕。社長を支える2枚看板の1人だ。柳本がいない今、社長にとって信頼できるのは高藤だけである。
「柳本はどこかに行ってしまった。全く情けない。危機管理対応は今日から君が最高責任者になれ。井原は水面下のことは何も知らんし、頼りにならん」
高藤の胸は一気に重たくなった。社の異常事態の背景には、過去からの不正経理があるとの情報が、監査役に漏れ伝わり、以後、監査等委員会や監査法人からの問い合わせの対応に追われている。さらに、危機管理全般の最高責任者に指名されるとは――。「勘弁してほしい」というのが正直な気持ちだった。
「株主総会の延期についての手続きは進んでいるのか」と楢崎が聞いた。6月24日の株主総会集中日に合わせて、丸菱商事も開催を予定していたが、複数のM&A案件の交渉が難航。ぎりぎりになって今年度決算がまとまったものの、監査法人からの指摘で一部修正が必要となった。さらに幸田の死や柳本専務の失踪が重なり、総会は7月13日に延期することになった。
「株主への報告、関係者への説明に追われています。総務が中心になってやっていますが、ほかの部署からも応援をもらって対応しています」
「警察の動きはどうだ」
「警察からの事情聴取はこれから一層激しくなりそうです。工場誘致をめぐる問題で知能犯罪を扱う捜査二課の調べがありましたが、幸田の死亡で、捜査の対象が一気に広がりました。捜査一課は、他殺の可能性を視野に入れており、威信をかけて捜査しています。犯人を特定していくためにも、なぜ狙われたのかという動機面について徹底的に調べるでしょう。問題を抱えた経営案件についてどこまで話していいものか。Q&Aを作り、役員全員に徹底する必要があります」
社長はしばらく天井をにらんでいた。混乱の極みに途方に暮れた表情を浮かべていた。
「敵方の動きはどうだ。秘書部長の話では、今の混乱の責任を誰がどうとるのかと追及の構えを見せているらしい」
「敵方」とは、総務、営業、事業の各担当役員のことだ。いわゆる「楢崎派」と距離を置く役員で、これまでは猫のように大人しかった。だが柳本がいなくなり、不正経理など経営上の問題が浮上してきた途端に、社長に対して責任追及の狼煙を上げ始めた。
「油断なりません。社外役員の内波竜馬と小山田常務ら敵方3人衆は一昨日の夜に会食をしたと聞きました」
内波はメインの取引銀行である三友銀行副頭取。解散する予定の工場誘致疑惑の調査委員会委員長だった。小山田は営業担当常務だ。
「会食? どいつもこいつも信用できん。小山田なんか本業は部下に任せて、株取引に夢中になっているようだ。内波から情報を仕入れているんじゃないのか。とんでもない資金を動かしているようだぞ。インサイダーや株価操縦で摘発されるかもしれない。今の事態が落ち着いたら、敵対する連中は全員飛ばしてやる。内波なんかは、報道機関に情報をリークしているという噂がある。頭取に言って別の人材に替えてもらおう。とにかく柳本はもうだめだ。私の後継は高藤、君しかいない」。楢崎は語気を強めて言った。
「次は君だ」という発言は半年前ならば喜ばしい響きかもしれないが、楢崎の求心力が日に日に落ちてきている今、高藤には、期待より不安の方がはるかに大きくなっていた。
楢崎が、ふと気がついたように高藤を見た。
「ところで、以前、君が言っていた米国の投資会社か調査会社かしらんが、あっちのほうはどんな状況だ」
「マディ社ですね。徹底的にわが社の内部調査を行っているようです」
マディ社は米国を拠点にする空売りファンドだ。
「複数の社外役員から『マディ社の調査員と名乗る人物からいろいろと聞かれた』と報告がありました。相当な調査能力で、あなどれません」
「まったく、何を企んでいるのか。今後どのような展開が想定されるのだ」
「それがわからないのです。水面下に潜っているので」
「わからないでは済まないだろ。対応を一歩間違えれば株主総会は大混乱に陥るぞ」
桧山と比較して物静かで温厚なはずの楢崎が、最近は人格が変わったように短気で怒りっぽくなっている。
「マディ社が調査結果について、どこまで深掘りしてくるかも心配ですが、どのような形で公表するのかが一番の懸念です。プレスリリースだけなのか、記者会見なのか。会見は米国でするのか、日本なのか。それによってインパクトが違ってきます。いずれにしても株価は一時的に下がるでしょうが、下げ幅は予測がつかない。経理担当として頭が痛い問題です」。高藤は思いつくままに話した。
「調査報告書を法外な値段で買えとでも言ってくるのか。目的はわからんが、うちにとっていいことでないことは確かだ。すべてが暴かれたら取り返しのつかないことになる。情報収集を急げ。そして株主総会を乗り切る、それだけを考えろ」
社長はそう言いながら、深いため息を何度もついた。
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